遺言は、遺言者が亡くなった後に、その遺言者の最終意思どおりの効力を発生させるものです。しかし、遺言が法律的に有効となるのは書面で作成されたものに限られ、その遺言の存在を相続人が知らなければ、遺言がないものとして扱われてしまい、その効力は実質的に無に帰してしまうことになります。
したがって、遺言書の存在およびその保管場所は、生前において相続人に知らせておかなければなりません。
一方で、相続人に対して遺言書の存在および保管場所を伝えると、遺言の内容について反感を持つ相続人が改ざんしてしまったり、破棄してしまったりする危険があります。
そこで、遺言書の保管場所については遺言をする方自身がきちんと考慮しておく必要がありますので、遺言の種類によって考えられる保管場所についてご紹介します。
公正証書遺言の場合には、遺言の原本は遺言を作成した公証役場に保管されています。したがって、相続人に対しては遺言を作成した公証役場の場所を伝えておけば十分ということになります。
公証役場であれば遺言の保管場所が分からなくなったり、相続人が改ざんや破棄することはできませんから、安心できます。費用についても、作成の際の作成費用等がかかるのみで、保管料がかかることはありません。
また、相続人側においてもどこかの公証役場で公正証書が作成されているかどうかを、全国の公証役場において検索することが出来ます。
検索をする際には、亡くなった事実の分かる除籍謄本等、検索者と亡くなった人との利害関係の記載がある戸籍謄本等、検索者の身分証明書を公証役場へ持参する必要があります。
自筆証書遺言の場合には、遺言者の自由な判断で保管場所、保管方法を決めることになります。相続人による改ざんや破棄を防ぐために遺言者自身が管理しておくことも考えられますが、遺言者が亡くなった後、相続人においてその存在場所が分からなくなる恐れがあります。また、法定相続人など遺産相続に利害関係がある人に保管を依頼することも考えられますが、その存在場所が分からなくなることはなくても、破棄や改ざんの恐れがあります。
そのため、自筆証書遺言の遺言書の保管にあたっては、その相続に何の利害関係もない第三者に依頼することが望ましいといえます。
誰に依頼するかについては、一般の方に任せることもあり得ますが、紛失の恐れ等があることは拭えません。
自筆証書遺言の遺言書は法務局(遺言保管所)で保管してもらうことも可能です。法務局に保管することで紛失や第三者による破棄、改ざんの恐れがなくなりますし、法務局で保管された自筆証書遺言は検認の手続きが不要になるため、相続時の手続きを速やかに進められるという利点があります。
信託銀行に保管を依頼することも可能ですが、基本手数料が高額であったり、毎年数万円の保管料を支払わなければならないこともあります。
また、弁護士等の専門職に保管を依頼するという方法もあります。弁護士であれば紛失の恐れや改ざん、破棄の恐れはありません。料金についても信託銀行と比較すると圧倒的に安価です(当事務所の場合は1年ごとに1万円となります)。また、いざ相続の場面となった際に適正な手続きを踏んで効力を発生させることが望めます。
公正証書遺言または法務局(遺言保管所)に保管された自筆証書遺言以外の全ての方式による遺言は「検認」という手続が要求されています(民法第1004条以下)。これは遺言の方式に関する一切の状態を確定し、その現在の状態を明確にするための手続きです。検認手続後の遺言の偽造、変造を防止し、遺言書の現状を保全する手続きです。
もっとも、この手続きはあくまでも遺言書の現状を保全するためのものであり、遺言書の効力には何ら関係がありません。そのため、検認を受けたからといって、遺言の有効性が確認されるわけではありませんし、異議を申し立てなかったからといって、その後遺言の効力を争うことが出来なくなるということはありません。ただ、自筆証書遺言の場合、不動産の登記手続きの際や金融機関の預金の払い戻し時に検認が完了していることを示す資料を出す必要がありますので、検認手続きは必ず経るようにしましょう。
遺言書の保管をしていた人は、相続開始を知った後、つまり遺言者が亡くなったことを知った後に、遅滞なく、遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に対して、遺言書検認の申し立てをしなければなりません(民法第1004条1項前段)。保管している人がおらず、遺言者が亡くなった後に相続人が遺言書を発見した場合も、同様に検認の申し立てが必要となります(同項後段)。
実務上、家庭裁判所は検認手続に相続人等の立ち会いを求めており、裁判所が検認期日を指定し、申し立て人および相続人にこれを通知しています。遺言書は、原則としては検認期日まで保管者あるいは発見者において引き続き保管されることになります。
検認期日においては、裁判官が遺言の方式について確認した後、裁判所書記官が遺言書を複写して、遺言書検認調書というものが作成されます(家事裁判法第211条)。遺言を執行するためには遺言書に検認済み証明書がついていることが必要となりますから、検認手続後は検認済み証明書の別途申請をする必要があります。
なお、封印のある遺言書は、家庭裁判所において、相続人またはその代理人の立ち会いをもって開封することを要求していますので(民法第1004条3項)、実務上は検認期日において開封も行われることになります。検認手続を経ずに遺言を執行したり、家庭裁判所外で封印された遺言書を開封してしまった場合、遺言の効力には影響はありませんが、5万円以下の過料に処せられますので(民法第1005条)、十分に注意してください。
遺言書が2通以上見つかった場合、原則として、もっとも日付が新しいもの遺言が有効となります。しかし、それぞれの遺言書の内容に抵触が無ければ、例外的に、各々有効なものとして取り扱われることになります。たとえば、1通目の遺言書に「Aに土地を相続させる」と書かれており、2通目の遺言書に「Bに預金を相続させる」と書かれていたのであれば、それぞれ内容に抵触がありませんので、どちらも有効となります。
一方、それぞれの内容に抵触が見られる場合には、後に作成した遺言によって、先に作成した遺言を撤回したものとみなされ、もっとも日付の新しいもののみが有効となります。このことは遺言書の形式には関係がありません。たとえば、公正証書遺言を先に作成し、後に自筆証書遺言を作成した場合でも、その形式の違いに関係なく、日付の新しい自筆証書遺言のみが有効ということになります。
しかしながら、内容の抵触する遺言書が2通見つかった場合には、それぞれの有効性を巡って相続人間の紛争が勃発する恐れがあります。自筆証書遺言であれば前に作成した遺言書を完全に破棄しておく、公正証書遺言であれば公正証書で変更して記録を残しておくなど、後にトラブルにならないような遺言の変更をおすすめいたします。