遺言とは、被相続人が、主に自己の財産(相続財産)について、自分の最終意思を死後に遺したものです。
被相続人としては、自分の財産を、誰に、どのような形で残すかということについて、自分自身で決めたいと思うのは当然のことでしょう。また、自分の意思を残しておくことで、自分の死後、相続人間で無用な争いが生じることを防ぐことができます。
ところで、相続の場面では、通常の契約等における財産処分の場面と大きく異なることが1つあります。被相続人の死亡により相続は発生しますので、その後に遺言の内容が明らかになったとしても、その内容が相続人の意思に基づくものなのか、もう相続人に確認することはできません。しかし、確認ができないからといって遺言の内容を無視していいということになれば、遺言の意味がなくなってしまいます。
そこで、民法は、遺言について厳格な「方式」を定めました。「遺言をなしうる事項」について、方式に従った遺言がなされる限り、その遺言の内容を被相続人の意思として法的に保障することとしたのです。
逆に、民法の方式に従っていない場合は、法律上の遺言としての効力を持ちません。たとえば、相続人の一人が、「被相続人は自分の死後、◯◯に□□をあげると言っていた。間違いない。」などと主張しても、法律上は意味がありません。その内容が本当に被相続人の最終意思のとおりであることもあるかもしれませんが、民法の方式に従っていなければ、法律上の遺言としての効力は持ちません。
遺言の法的効果が認められる事項は、民法や法解釈によって限定的に解釈されています。
なお、遺言の法的効力が認められない事項であっても、遺言書に書くことが許されないわけではありません。
被相続人の生前の意向を知ることができるので、法的な効力の問題は別として、遺言書に書き込むことは考えられます。
遺言書を作成することで、次に挙げるようなメリットを得ることができます。
「妻には家を残したい。子には不動産よりも金銭を渡したい。」などの希望がある場合、遺言書を残すことで、自分の希望どおりの遺産分割を実現することができます。
ただし、相続人の中には遺留分がある方もいるので、遺留分を無視した遺言を残してしまうと、遺留分を侵害された相続人から遺留分侵害額の請求をされるおそれがあります。遺言書の作成にあたって財産の分配方法を考えるときは、自分の希望が法律上も問題がないものなのか、専門家のチェックを受けることをおすすめします。
自分の死後、自分の財産の分割方法について相続人たちに争って欲しいと思う方は居ないはずです。遺産分割協議のトラブルを防ぐためには、被相続人が遺言書を作成し、財産の分割方法についての指針を立ててあげることが重要です。「自分の相続人たちには遺言なんて必要ない」と思う方もいるかもしれませんが、外部の第三者が口出しをしたり、事情が変わったりと、トラブルになる可能性は色々なところに潜んでいます。もしものときのために遺言書を残すことが、相続人間の平和な関係を維持することに繋がります。
なお、あまりに不公平な遺言を残してしまうと、逆に相続人間にトラブルを起こしてしまう場合もあります。自分の希望を貫きたい場合もあるとは思いますが、相続人間の公平にも配慮した上で遺言書を作成しましょう。
民法上、遺言の方式には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言、危急時遺言、隔絶地遺言の5種類があり、このいずれかの方式に従っていないと遺言は無効になります。
この5種類の遺言は、大きく普通方式の遺言と特別方式の遺言に分けることができます。
普通方式は、本来の遺言の方式で、自筆証書、公正証書、秘密証書の3種類がこれに当たります。通常は普通方式の遺言を用いることになります。以下では普通方式の3種類の遺言について解説します。
他方、死が差し迫り、普通方式に従った遺言をする余裕がない場合に用いられるのが特別方式の遺言です。危急時遺言は、疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言しようとするときに用いられる方式です。隔絶地遺言には、伝染病などにより隔離された者の遺言(伝染病隔離者遺言)と船舶中にある者の遺言(在船者遺言)があります。
特別方式の遺言はめったに用いられることがありませんが、それぞれ厳格な様式を求められています。
自筆証書遺言とは、遺言者が相続財産の目録以外の全文、作成日付および氏名を自書し、押印することによって作成する遺言のことです。
3種類の方式の中で、もっとも簡単な方式の遺言であり、費用もかからない方式です。また、証人を必要としないため、遺言の存在や内容をすべての第三者に秘密にしておくことができるという長所があります。
他方、遺言者が自身で保管する場合は、紛失、改ざん、破棄の危険や、方式の不備による無効のおそれ、表現が不適切で文言の解釈に争いが生じるおそれがあり、家庭裁判所での検認手続きが必要です。これらの点は自筆証書遺言の短所といえるでしょう。
ただし、法務局に保管した自筆証書遺言書については検認の手続きが不要です。また、法務局(遺言保管所)に保管することで紛失、改ざん、破棄を防止することができ、申請時には遺言書保管官によって、自筆証書遺言の(外形的な)適合性の確認もなされることが期待できるため、自身で保管するよりも安心です。
自筆証書遺言は、遺言者が相続財産の目録以外の本文はもちろん、日付も自書されている必要がありますし、署名も自筆であることが必要です。代筆は目録以外は一切認められません。したがって、自書する能力のない人は自筆証書遺言を利用することができません。
なお、押印については実印である必要はなく、認印でもよいとされています。
自筆証書遺言は、自分の死後相続人にしっかり読んでもらう必要があるわけですから、読みやすい字で、内容も明確にし、相続財産について遺漏なく記載することが求められます。また、遺言書を見つけてもらえなければまったく意味がありません。
さらに、以前は自筆証書遺言は全文自筆によるものとされていましたが、相続財産の目録については、自署の必要はなくなりました。相続財産の目録は登記簿謄本や通帳の写しでもかまいませんが、すべてのページに署名をして印鑑を押印する必要がありますし、目録の作成も適切に行う必要があります。
ですから、自筆証書遺言の内容を確実に実現するためには、作成段階から弁護士に依頼し、内容を確認してもらい、場合によっては保管も依頼しておくことが望ましいと言えるでしょう。
秘密証書遺言は、公証人や証人の前に封印した遺言書を提出し、遺言が存在すること自体は明らかにしつつ、その内容を秘密にして遺言書を保管することができる方式の遺言のことです。
秘密証書遺言の作成要件は次のとおりです。
秘密証書遺言には、遺言の内容を他者に秘密にできる、自書能力がなくても遺言を作成できると言った長所があります。
他方、作成手続きには公証人が携わりますが、遺言の内容にはタッチしないため、内容に疑義が生じるおそれがあります。また、公証人役場に遺言書の原本が保管されるわけではありませんので、遺言書の紛失、隠匿、未発見のおそれはあります。
そのため、自筆証書遺言と同様、秘密証書遺言の内容や保管について、最初から弁護士に相談しておくことが望ましいと言えるでしょう。
公正証書遺言は、次の方式に従い、公正証書で作成される遺言です。
公正証書遺言によれば、公証人役場で遺言を保管してくれますので、遺言書の紛失、第三者による変造の危険はほとんどありません。また、公証人が内容を含めて作成に携わりますので、方式違反による無効のおそれ、文言の疑義の発生等を防止することもできます。ですから、公正証書遺言は、3種類の遺言の中で、もっとも安全な遺言の作成方法と言えるでしょう。また、公正証書遺言では検認の手続きを経る必要がありません。
他方、公正証書作成には費用がかかること、証人2人とともに公証人役場に行かなければならないこと、遺言の存在および内容を証人に知られてしまうこと等の短所もあります。
公正証書遺言はもっとも安全な遺言の方法であり、積極的に利用してよいと思われますが、公証人とのやりとりや、どのような文言で作成するかなど初めから弁護士に相談しながら作成する方がスムーズに手続きを進めることができます。
公正証書遺言以外の遺言については、偽造、変造、滅失などのおそれがあり、遺言者の最終意思が保持されない危険性があります。
そのため、遺言が発見された場合には、公正証書遺言を除き、まず、家庭裁判所において遺言の方式に関する一切の事実が調査されることになっています。これを「遺言の検認」といいます。検認をすることで、遺言書の状態が確定し、偽造・変造が防止されることになるので、検認は、後日の紛争に備える保全の手続としての意味を有しているといえます。
なお、検認に当たってはいくつか注意点があります。
まず、封印されている遺言書の場合には、家庭裁判所において開封の手続を取る必要があります。勝手に開けることはできません。ただし、実務では、開封後に連続して検認の手続が行われるので、開封の手続だけを申し立てる必要はなく、封印したままの状態で遺言書の検認を申し立てれば、開封後直ちに検認手続が行われます。
遺言書を見つけても、決して即座に開封することはせず、家庭裁判所に検認の手続きを申し立てることが必要です。
また、検認はあくまでも遺言の方式の確認の手続きに過ぎず、その遺言の有効性を判断する手続きではありません。
遺言執行者とは、遺言に記載されている内容を実現する人のことをいい、その内容を実現することを遺言執行といいます。遺言執行の具体例としては、不動産を指定された相続人に移転登記すること、預金の解約や払出しをすることなどです。
遺言の執行は、相続人自身で行うことができますが、遺言執行者が定められる場合があります。
また、遺言によって子の認知をする場合や相続人の廃除・その取消しをする場合には遺言執行者を置かなければならないとされています。
遺言執行者の選任は、遺言によるか、利害関係人の請求により家庭裁判所が行うものと定められています。遺言執行者に指定された者は、遺言者との関係やその遺言内容を検討し、就職するか辞退するかを決めることになります。
遺言執行者は、相続財産の管理その他、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有していますが、まずは、遺言の内容を相続人に通知しなくてはなりません。そして、 遅滞なく相続財産目録を調整して、相続人に交付しなければなりません。また、遺言執行者は、遺言の内容を実現することが職務であって、必ずしも相続人の利益のために職務を行うものではありません。ですが、遺言執行者であることを示して行った権限内の行為は相続人に対して直接の効力を生じるものであり、遺言執行者には、委任契約における受任者の義務、責任、費用償還に関する規定が準用されることになります。
遺言執行者が選任された場合は、相続人は遺言の対象となった財産について、処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができなくなります。
遺言執行者は自己の責任で第三者に任務を行わせることができます。また、やむを得ない事由により、第三者に任務を行わせた場合には、遺言執行者が相続人に対して負う責任は、復任者の選任および監督についての責任のみとなります。
遺言執行者には法律の専門家でない人が指定される場合もあり、職務が広範にわたる場合もあるので、平成30年の相続法改正で、遺言執行者に原則的な復任権が認められることになりました。ただし、遺言で、復任権が制限されるなどの別段の定めがされた場合には、遺言者の意思に従うことになります。
遺言執行者としてなすべき事項は多岐にわたり、場合によっては訴訟等の対応が必要になることもあります。将来的に紛争に発展することが見込まれる遺言の場合は、あらかじめ遺言で弁護士を遺言執行者に指名しておくか、個別に対応が必要な事項について遺言執行者から弁護士に対応を委任するなどの対応が考えられるところです。