遺産相続コラム
兄弟のうち、ひとりだけが生前贈与を受けて、土地などの不動産や現金を取得していることがあります。そんなときに、他の相続人は「自分の取り分が少なくなることに納得できない」と、不公平に感じるケースがあるでしょう。
一定の相続人は相続財産の最低限の取り分が民法上認められており、これを遺留分といいます(民法1024条)。
したがって、自分の最低限の相続財産を侵害された場合には、遺留分を主張することで適切な相続分の支払いを請求することが可能です。
本コラムでは、遺留分や生前贈与の基本的な知識をはじめ、特別受益や遺留分侵害額請求の具体的な手続きの流れになどついて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
生前贈与の基本的な知識をご紹介します。
生前贈与とは、被相続人が生きている間に、自己の財産を他者に無償で与えることです(民法549条)。
たとえば、父親(贈与者)が、存命中に、長男(受贈者)に対して、500万円の金銭を、無償で与えることは、生前贈与にあたります。
生前贈与の対象になる財産はさまざまです。現金や預貯金、土地や建物などの不動産、株式などの有価証券、宝石や貴金属なども贈与の対象になる財産とすることができます。
財産を誰かに譲りたい場合は、贈与者が遺言書を作成して遺贈をする方法(民法964条)もあります。しかし、遺贈は被相続人が死亡しないと効力が発生しません。
一方、生前贈与は贈与者が生存中にいつでも実施でき、受贈者がその財産を受け取られる点に特徴があります。
生前贈与は節税の効果も期待できるのが特徴です。
贈与税は年間110万円の基礎控除があるので、年間の贈与額が110万円以内であれば贈与税の課税対象になりません(相続税法5、租税特別措置法70条の2の2)。
毎年110万円までは贈与税の対象にならずに財産を贈与することが可能です。それによって相続税の対象になる財産も減らすことができるので、贈与税・相続税の税金対策にもなるという仕組みです。
ただし、相続開始前の3年以内に相続人に対し贈与された財産については、基本的には、相続税の対象となります(相続税法19条)。
参考:生前贈与の基礎知識
生前贈与された不動産に対して、遺留分をどのように請求できるかを解説します。
遺留分とは、一定の法定相続人に対して認められる相続財産の最低限の割合のことです(民法1042条)。
被相続人は、原則として、遺言や生前贈与などによって自分の財産を自由に処分できますが、遺留分はこれを一定の割合で制限します。
たとえば、被相続人が亡くなって、その財産を法定相続人である子ども二人が相続する場合で説明します。相続人である子どもの一人にのみに、被相続人の全財産が、生前贈与されていた場合には、もう一方の子の遺留分が侵害されてしまいます。遺留分を侵害された法定相続人は、もう一方の相続人に対し、遺留分額の請求をすることができます。
ただし、遺留分の主張が認められるのは、一定の範囲の法定相続人のみです(遺留分権利者といいます)。
遺留分権利者は、被相続人の配偶者、子(代襲相続の場合は孫)、直系尊属(父母)です(民法1042条)。被相続人の兄弟は、遺留分は認められません。
遺留分を侵害された場合、その侵害額に相当する金銭の支払いを求めことができます。(民法1046条)。これを、遺留分侵害額請求といいます。
「遺留分侵害額請求」は民法の改正によって創設されたもので、令和元年7月1日以降に開始された相続について適用されます。改正前は「遺留分減殺(げんさい)請求」と呼ばれており、令和元年7月1日より前に開始された相続については従来の遺留分減殺請求によって処理されます。
従来の遺留分減殺請求は、遺留分が侵害された場合は、原則として、土地などの不動産の持分自体を取り戻すことができました。しかし、改正後の遺留分侵害額請求は土地などの不動産自体を取り戻すことはできず、遺留分に相当する金銭の支払いを請求することになります(民法1046条1項)。
【1】遺留分算定の基礎財産額を定める
遺留分算定の基礎財産額 = 被相続人が相続開始時に有していた積極財産の価格 +贈与した財産の価格(相続人に対する生前贈与・原則10年以内+第三者に対する生前贈与・原則1年以内) - 相続債務の全額(民法1043条)
【2】個別的遺留分の割合を求める
個別的遺留分の割合 = 総体的遺留分の割合(民法第1042条1項) × 法定相続分の割合(民法900条)
【3】遺留分額を算定する
遺留分額 = 【1】遺留分算定の基礎となる財産額 × 【2】個別的遺留分
【4】遺留分侵害額を確定する
遺留分侵害額 = 【3】遺留分額 - 〔遺留分権利者が受けた贈与又は遺贈の額(民法第1046条2項1号))+遺留分権利者が取得すべき財産の価格(民法第1046条2項2号)〕+ 遺留分権利者承継債務(民法1046条2項3号)
土地や建物などの不動産も遺留分の対象になりますが、令和元年7月1日以降に開始した相続の場合、遺留分侵害額請求で取り戻すことができるのは土地などの不動産そのものではなく、不動産の価格に応じた金銭です。
たとえば、被相続人である父からの相続財産が1000万円の土地のみで、法定相続人が兄弟ふたり、土地の全てを長男だけが生前贈与されたケースで考えてみます。
相続財産……1000万円の土地
法定相続人……兄一人、弟一人
弟の遺留分額……1000万円×(1/2)×(1/2)=250万円
上記のとおり、令和元年7月1日以降に開始した相続の場合、次男は遺留分として250万円の金銭の支払いを兄弟の長男に求めることができます。
なお、令和元年7月1日よりも前に開始した相続の場合は、土地自体が遺留分の請求の対象になります。したがって、金銭を支払ってもらうのではなく、土地の持分を遺留分の割合で自分の持分とし、共有することもできる可能性があります。
不動産は、その不動産の評価額によって具体的に得られる遺留分侵害額も変わります。不動産の価格を評価する基準は複数あります。たとえば、固定資産税評価額、路線価、公示地価、基準値標準価格などです。
たとえば、固定資産税評価額を規は、実際の時価よりも7割程度評価額が低くなると考えられています。そこで、遺産分割調停などの実務では、固定資産税評価額と時価の差額を考慮して評価額を算定することがあります。
遺留分の計算に加算することができる、特別受益の制度についてご紹介します。
特別受益とは、特定の相続人が被相続人から受けた特別な利益のことです(民法903条)。相続が開始する前に被相続人から贈与を受けた場合などが、一般に特別受益に該当します。
仮に、相続人の中に特別受益を得た者がいる場合、それを考慮せずに相続分を計算すると、特別受益を得た者がその分だけ多く財産を相続することになり、不公平な結果になります。
かかる不公平を防止するために、特別受益を得た相続人については、受け取った額を差し引いて相続分を決定します(同904条・同903条)。
たとえば、被相続人である親が亡くなって、兄弟の長男と次男の二人が2000万円の財産を相続する場合、被相続人が、生前に長男に対し、上記2000万円とは別に1000万円の生前贈与をしていた事案で考えてみます。
被相続人が亡くなって、相続人の長男と次男が1000万円ずつ財産を相続すると、兄弟のうち長男は1000万円を生前に贈与されているため、合計2000万円の利益を得ていますが、次男は1000万円だけなので兄弟の間で不公平が生じてしまいます。
そこで、兄弟のうち長男が得た1000万円の贈与を特別受益とし、その分を差し引いて相続分を計算します。その結果、2000万円の財産のうち、長男は500万円を相続し、次男は1500万円を相続します。兄弟とも合計1500万円ずつの利益を得たことで、公平が図られます。
特別受益がある場合、遺留分の金額を計算する際に特別受益の金額を加算することができます。
上記(1)の事案で次男が遺留分侵害額を主張する場合、特別受益を考慮しなければ、次男が主張できる遺留分は2000万円の財産の4分の1の500万円です。
しかし、長男が得た1000万円の生前贈与について、遺留分を計算する場合にこの金額を加えて計算することができます。その結果、次男の遺留分は、2000+1000=3000万円の4分の1となり、750万円になります。
一般に特別受益に該当するケースとして、たとえば以下のものがあります。
●遺贈
遺言によって財産を無償で渡すことを遺贈といいます(民法964条)。
遺贈によって得た財産は、金額が少なく扶養の範囲といるような場合を除いて、原則として特別受益にあたります(民法903条1項)。
●婚姻や養子縁組のための贈与
持参金、支度金、嫁入り道具などの婚姻のための贈与は、原則として特別受益にあたります(民法903条1項)。
一方、結婚式の費用や結納金は親が負担する場合が少なくないため、相当に高額な場合などの例外を除いて特別受益の対象になりません。
また、養子縁組のための持参金の贈与も特別受益の対象になります(民法903条1項)。
その他には、大学の学費や留学費用、不動産、金銭、有価証券、借地権の承継や設定、遺産を無償で使用できることによる利益なども、特別受益に該当する可能性があると解されています。
ただし、事案ごとの検討が必須であるので、特別受益かどうか判断に迷った場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
祖父が孫に学費を振り込むなど、孫に対して贈与をする場合があります。被相続人である祖父や祖母が生前に孫に対して贈与していた場合、特別受益にあたるでしょうか。
結論から言うと、被相続人から孫への贈与は原則として特別受益にあたりません。特別受益は「相続人」が対象となるため(民法903条1項参照)、被相続人の子ども(孫から見ると自分の親)が健在であれば、孫は相続人にあたらないからです。
注意点として、被相続人の子どもが亡くなっていて孫が代襲相続人である場合は、孫が相続人に該当するので(民法887条2項)、その孫には「遺留分」が認められます。一方、被相続人の子どもが相続放棄をした場合は、その孫には「遺留分」が認められません。
遺留分を算定するための財産の価額に参入される贈与について、以下のとおり、期間制限等が設定されています。
遺留分侵害額を請求するための手続きと、時効によって権利が消滅してしまう注意点をご紹介します。
遺留分侵害額請求の手続きには厳密な決まりはありません。裁判を起こして請求するだけでなく、裁判をしなくても請求することができます。
以下に一般的な流れを見ていきます。
●ご自身で協議や請求をする場合
遺留分侵害額請求は自分で協議や請求をすることができます。主な方法は、遺留分侵害者や他の相続人と話し合って遺産の分配方法を協議する方法、又は、遺留分について相手方に請求する方法があります。
遺産分割協議などで遺留分について話し合いがまとまったら、後で争いになった場合に備えて証拠を残しておくために、協議で合意した内容や参加者の署名と押印を記した合意書を作成しておきましょう。
遺留分侵害者に対して遺留分侵害額の支払いを請求する場合は、請求をした事実を証拠に残すために、配達証明付きの内容証明郵便にすることをおすすめします。
ただし、合意書の作成を必要事項の漏れなく行うことは、一般的にはハードルが高いものです。相続問題の経験豊かな弁護士に相談することで、書類の作成はもちろん、協議のコツやアドバイスをもらい、より有利に協議を進めやすくなるでしょう。
●裁判所に調停を申し立てる場合
当事者の話し合いでまとまらない場合は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に対して調停を申し立てます。遺留分に関する事件は、調停前置主義により、地方裁判所や家庭裁判所に訴えを提起する前に、まず家庭裁判所の調停を経なければなりません(家事法257条、244条)
調停が実施される場合、当事者は期日に裁判所に行き、申立人と相手方が交互に調停室に入って意見を述べます。調停は中立の立場である裁判官や調停委員を交えて行われます。
調停の結果、当事者が合意すれば調停調書が作成されます。調書には調停で決まった事項が記載され、相手が約束を守らない場合はその内容を強制的に実現することができます。
●訴訟を起こす場合
調停は当事者の双方が合意しなければ強制力はありません。調停でも話がまとまらない場合は、裁判所に訴えを提起して裁判という形で決着をつけることになります。
遺留分に関する事項は、家事事件手続法別表第2に定める審判事項ではないので、調停が不成立になった場合には、家庭裁判所の審判ではなく、民事訴訟で解決することになるのです。
遺留分の支払いを求める訴えを遺留分侵害額請求訴訟といいます。遺留分を主張する者は、訴状などの書面を作成して、管轄する裁判所に提出します。
訴えが受理されて裁判になると、当事者の双方が主張する事実や法律関係について裁判官が判断し、請求が認められるかどうかが決まります。
訴訟で請求が認められるためには、適切な主張とそれを裏付ける証拠集めが重要です。遺留分侵害額請求訴訟の場合、被相続人に財産があること、遺留分を侵害するような行為があったことなどを証拠に基づいて立証するのがポイントです。
ただし、相続問題は親族同士の思わぬ心情が絡み、調停や申し立てが進まないことは少なくありません。話し合いが難しいと感じたら早めに弁護士へ相談をすることをおすすめします。
●判決が出た後にできること
裁判所が下した判決に不服がある場合、上級の裁判所に控訴することができます。それにも不服がある場合はさらに上級の裁判所に上告します。
当事者の双方が判決に納得した場合は判決が確定します。確定した判決は債務名義となり、当事者がきちんと実行しない場合は強制的に支払いなどを実現するために別途執行手続きをする必要があります。
遺留分侵害額請求権には時効があることに注意しましょう。時効が過ぎると権利が消滅し、請求できなくなってしまいます。
遺留分侵害額請求権の時効の期間は、相続が開始したこと及び遺留分を侵害する遺言や贈与があったことを知ってから1年間です(民法1048条前段)。
たとえば、令和2年4月1日に相続が発生し、遺留分を侵害する土地の贈与があったことを同年5月1日に知った場合、令和3年5月1日の経過によって当該遺留分侵害額請求権が消滅時効にかかります。
その後の令和3年6月1日に遺留分侵害額請求権を行使しようとしても、相手方が消滅時効の援用をすれば、当該遺留分侵害額請求権は消滅しています。
ですので、遺留分侵害額請求権を主張する場合には、お早めにご自身でなさるか、弁護士に相談することが大切です。
遺留分侵害額請求権には除斥期間というものがあります。
これは、相続開始時から10年間を経過すれば、遺留分侵害額請求権が消滅するというものです(民法1048条後段)。
兄弟のうちひとりだけが土地の贈与を受けたなど、生前贈与によって自分の遺留分を侵害された相続人は、贈与を受けた者に対して遺留分侵害額請求をすることができます。
遺留分侵害額請求は土地自体を取り返すのではなく、侵害された遺留分に相当する金銭を請求することができる制度です。
遺留分侵害額請求をするためには、自分の遺留分が侵害されたといえるのか、自分の遺留分はいくらか、時効によって権利が消滅していないかなどを適切に判断する必要があります。
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