遺産相続コラム
特定の相続人に対してすべての遺産を相続させる旨の遺言が残されていたようなケースでは、不公平な遺産分配に納得がいかず、不満を感じる相続人の方もいるでしょう。
このような場合には、遺留分侵害額請求権を行使することで、遺留分権利者は、侵害された自身の遺留分に相当する金銭を取り戻すことができます。
本コラムでは、遺留分権利者や遺留分割合などの基本的なルールについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
1章では、遺留分の定義や遺留分権利者となる範囲について解説します。
遺留分とは、一定範囲の相続人(遺留分権利者)が、相続を介して取得することを保障されている遺産の取得割合です。
これは、被相続人が亡くなった場合において、一定範囲の相続人の生活を保障することや、共同相続人間の公平の確保等を目的として、民法で認められている権利です。
例えば、相続人が複数人いる家族の場合で、被相続人が法的に有効な遺言で「長男にすべての遺産を相続させる」という内容を残した場合、長男以外の相続人は遺産を相続することができないことになります。
このような状況になると、他の法定相続人は、自身の遺留分が侵害されているということになり、遺留分権利者として、遺留分侵害額請求権を行使することで侵害された遺留分に相当する金銭を取り戻すことが可能となるのです。
もっとも、すべての相続人が「遺留分権利者」となるのではありません「遺留分権利者」の範囲は、民法によって定められています。具体的な相続人の範囲は、簡単にまとめると、以下の図のとおりです。
被相続人の兄弟姉妹は法定相続人の範囲に含まれますが、遺留分権利者にはなりません。また、被相続人の兄弟姉妹が被相続人より先に亡くなっており、甥(おい)姪(めい)への代襲相続が発生する場合も、被相続人の甥姪は遺留分権利者とはなりません。
なお、遺留分を取り戻すためには、遺留分侵害額請求権という権利を行使することが必要です。遺留分侵害額請求を行う際は、後述するように厳格な期間制限もありますので、まずはすぐに弁護士にご相談ください。
侵害された遺留分を取り戻すには、遺留分侵害額請求を行う必要があります。以下では、遺留分侵害額請求の概要と手続きの流れを説明します。
遺留分侵害額請求とは、遺留分権利者が遺留分侵害者(受遺者(=遺言によって財産を受け取る人)または受贈者(=贈与を受けた人)で、遺留分権利者の遺留分を侵害している人のこと)を相手に、遺留分侵害額に相当する金銭の請求を行うことを指します。
以前は、「遺留分減殺請求」というものがありましたが、令和元年7月1日施行の改正民法(平成30年7月13日公布)により「遺留分侵害額請求」に制度が変更されました。
法改正前の遺留分減殺請求は不動産などの現物の返還を請求するものであったのに対し、法改正後は、侵害された遺留分に相当する金銭を請求する制度に変更されています。
これにより、不動産の共有状態が生じるのを回避できるようになり、簡便に解決できるようになりました
① 内容証明郵便による遺留分侵害額請求権の行使
遺留分侵害額を請求するためには、遺留分権利者による遺留分侵害額請求権の行使が必要です。もっとも、法律で権利行使の方法が定められているものではなく、意思表示がなされれば良いため、口頭で権利行使することでも足ります。
しかし後述するように、遺留分侵害額請求権には請求期限が設けられているため、いつ権利を行使したのかを明確にするためにも、配達証明付きの内容証明郵便を利用する方法が一般的となっています。
② 遺留分侵害者との協議
内容証明郵便が遺留分侵害者に届いたら、遺留分権利者と遺留分侵害者との協議を行います。
遺留分侵害者に対して、遺留分を侵害していること、遺留分権利者には侵害された遺留分に相当する金銭を請求する権利があることを説明し、金銭の支払いに応じるよう求めていきましょう。
協議が合意に至ったときは口約束だけで終わるのではなく、後々のトラブルを避けるためにも、必ず合意書を作成するようにしてください。
③ 遺留分侵害額の請求調停の申し立て
遺留分侵害者との話し合いで解決できないときは、家庭裁判所に遺留分侵害額の請求を求める調停の申し立てを行うことができます。
そもそも、遺留分に関する争いは「家庭に関する事件」として、家庭裁判所で調停手続きを行う必要があります(これを、「調停前置主義」といいます)。原則として、裁判所外での話し合いが決裂したからといって、すぐに訴訟を提起することはできず、訴訟提起前に調停の申し立てをしなければなりませんが、遺留分侵害額請求の場合には、調停を行わずに訴訟を提起することも多いです。
調停も基本的に話し合いの手続きになりますが、裁判官と調停委員が当事者の間に入って話し合いを進めてくれるため、当事者だけの話し合いよりもスムーズに進めることが可能です。
④ 遺留分侵害額請求訴訟の提起
調停がまとまらず不成立となった場合は、簡易裁判所または地方裁判所に遺留分侵害額請求訴訟を提起します。簡易裁判所で行うか地方裁判所で行うかは、金額により決まります。訴訟では、裁判所が当事者からの主張立証に基づいて、遺留分侵害者が支払うべき遺留分の金額を決定します。
遺留分侵害額請求をする際には、まずは遺留分の計算を行わなければなりません。以下では、遺留分の計算方法と具体的な計算のシミュレーションを説明します。
遺留分の計算は、「遺留分算定の基礎となる財産×個別的遺留分割合」の計算式で算出します。個別的遺留分とは各相続人の個人的な遺留分割合のことを指します。
遺留分の計算工程を、順に見ていきましょう。
① 遺留分の基礎となる財産を計算
遺留分を計算するには、まずは「遺留分算定の基礎となる財産」を明らかにする必要があります。
遺留分算定の基礎となる財産は、以下の財産の合計額から被相続人の債務(借金などのマイナスの財産)を控除して計算することが可能です(民法1043条、1044条)。
生前贈与があった場合、それも遺留分の基礎となる財産に含まれますが、相続人に対する生前贈与と相続人以外の人に対する生前贈与とで、期限の範囲が異なる点にご注意ください。
ただし、当該贈与により相続人の遺留分を侵害することを知っていたときは、期間の制限なくすべての生前贈与が対象になります。
② 個別的遺留分割合を計算
次に、各遺留分権利者の「個別的遺留分割合」を計算します。
個別的遺留分割合は、「法定相続分×遺留分割合」により計算しますので、各相続人の法定相続分と遺留分割合を明らかにしなければなりません(民法1042条)。
法定相続分や個別的遺留分は、以下の表をご参考ください。
なお、「総体的遺留分」とは、遺産全体に占める遺留分割合、「個別的遺留分」とは、各相続人の個人的な遺留分割合のことです。
相続人の組み合わせ | 総体的遺留分 | 法定相続分 | 個別的遺留分 | |
---|---|---|---|---|
配偶者のみ | 1/2 | 1/1 | 1/2 | |
子どものみ | 1/1 | 1/2 | ||
配偶者と子ども | 配偶者 | 1/2 | 1/4 | |
子ども | 1/2 | 1/4 | ||
配偶者と直系尊属 | 配偶者 | 2/3 | 1/3 | |
直系尊属 | 1/3 | 1/6 | ||
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者 | 3/4 | 1/2※ | |
兄弟姉妹 | 1/4 | なし※ | ||
直系尊属のみ | 1/3 | 1/1 | 1/3 |
※兄弟姉妹は遺留分権利者ではありませんので、兄弟姉妹の個別的遺留分は0、配偶者の個別的遺留分は総体的遺留分と同じ2分の1となります。
③ 遺留分の金額を計算
「遺留分算定の基礎となる財産」と「個別的遺留分割合」が明らかになったら、最後に両者を掛け算して、遺留分の金額を算出します。
なお、遺留分権利者が相続で取得した財産がある場合には、遺留分の金額から控除し、最終的な遺留分侵害額を計算することが必要です。
上記の具体例で相続が発生すると、配偶者と長女の遺留分が侵害されることになります。そのため、遺留分権利者である配偶者と長女は、遺留分侵害者である長男に対して、遺留分侵害額請求を行うことが可能です。
その場合の遺留分侵害額は、以下のように計算します。
① 遺留分の基礎となる財産を計算
今回のシミュレーション例では債務や生前贈与がないため、被相続人が相続開始時に有していた財産である4000万円が遺留分の基礎となる財産になります。
② 個別的遺留分割合を計算
配偶者および長女の個別的遺留分は、以下のとおりです。
③ 遺留分の金額を計算
配偶者および長女の遺留分の金額は、相続財産に個別的遺留分の割合を掛け合わせて、以下のように算出することが可能です。
すなわち、上記のケースでは、配偶者は長男に対して1000万円を、長女は長男に対して500万円を請求することができます。
遺留分侵害額請求を検討中の遺留分権利者の方は、以下のポイントを押さえておくことが大切です。
遺留分侵害額請求権を行使するには、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知ったときから1年以内に行わなければなりません(民法1048条)。
請求期限が経過してしまうと、それ以降は遺留分侵害額請求を行うことができなくなるため、遺留分が侵害されていると感じたときは早めに行動するようにしましょう。
また遺留分侵害額請求には、相続開始から10年という除斥期間も定められています。
つまり、相続が発生したことや遺留分が侵害されていることを知らなかったとしても、相続開始から10年を経過すると遺留分侵害額請求ができなくなってしまう点にも注意が必要です。
遺留分の放棄とは、遺留分権利者が自ら遺留分の権利を手放すことをいいます。
遺留分の放棄は、相続開始後であれば、遺留分侵害者に対して遺留分を放棄する旨の意思表示をするだけで問題ありません。
しかし、相続開始前に遺留分の放棄をするときは、裁判所に遺留分放棄の許可申し立てを行い、裁判所から許可を得る必要があります(民法1049条)。
裁判所からの許可を得るには、以下のような事情があることが求められていると言われています。
なお、遺留分の放棄は相続放棄と異なり、遺産相続に関する権利自体を失うことがないため、被相続人に負債があるケースでは、遺留分の放棄をしても法定相続分に応じて負債を承継することになります。
相続開始時に被相続人の債務があることがわかれば、生前に遺留分の放棄をしている場合でも、相続開始後(被相続人が亡くなった後)に相続放棄の申述を行う必要がありますので、注意しましょう。
遺留分侵害額請求権は、相続開始前は権利自体が具体的に発生しているといえず、第三者に譲渡することはできません。
しかし相続開始後であり、かつ、権利行使後であれば、権利の内容が具体的に定まるため、第三者に譲渡することが可能です。遺留分侵害額請求権の譲渡を受けた人は、本来の遺留分権利者に代わって、遺留分侵害額請求権を行使できるようになります。
不公平な遺言により遺留分を侵害された遺留分権利者の方は、その遺留分侵害額に相当する金銭を請求することが可能です。
しかし遺留分侵害額請求には、1年という非常に短い期間が設けられており、遺留分の計算も非常に複雑な内容になっています。適切に権利行使をし、遺留分侵害額を請求するためには、まずはすぐに弁護士に相談しましょう。
「遺留分侵害額請求を行いたい」とお考えの方や、遺産相続でお困りごとがある方は、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください。遺産相続専門チームの弁護士が、最適な解決方法をご提案いたします。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
特定の相続人に対してすべての遺産を相続させる旨の遺言が残されていたようなケースでは、不公平な遺産分配に納得がいかず、不満を感じる相続人の方もいるでしょう。
このような場合には、遺留分侵害額請求権を行使することで、遺留分権利者は、侵害された自身の遺留分に相当する金銭を取り戻すことができます。
本コラムでは、遺留分権利者や遺留分割合などの基本的なルールについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
遺言書がある場合には、遺言書の内容に従って相続手続きが進められることになります。
しかし、遺言書の内容が相続人の遺留分を侵害するような内容であった場合には、遺言書と遺留分のどちらが優先されるのでしょうか。また、遺言書により遺留分が侵害された場合には、どのような方法によって侵害された遺留分を取り戻せばよいのでしょうか。
今回は、遺留分と遺言書に関する基本事項から、遺留分を侵害された場合の手続きまで、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
令和元年の相続法改正により、遺留分の計算時に基礎とされる特別受益の範囲が、相続が開始される前から「10年以内」の贈与に限定されることになりました。
遺産相続における遺留分を計算するルールは、非常に複雑なものとなっているため、お困りになる方も少なくありません。
しかし、遺産相続は誰しもが経験し得るものであり、法改正の内容や相続のルールなどを正しく理解することはとても重要です。
本コラムでは、特別受益や遺留分に関する基礎的な知識や、相続法で規定されているルール、具体的な計算方法について、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。特別受益や遺留分のことでお悩みがある方は、ぜひ最後までご一読ください。