遺産相続コラム
遺産相続が発生したとき、すべての相続人が相続することを希望するとは限りません。
相続人のなかには、生前に被相続人の介護に貢献してくれた方に遺産を譲りたいと考えることもありますし、長期化する遺産争いに巻き込まれたくないと考えることもあるでしょう。
このような場合、「相続分の譲渡」によって、希望を叶えられることがあります。「相続しない」と聞くと、相続放棄を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますが、「相続分の譲渡」は、自身の相続分を他人に譲り渡すことで、遺産相続権を失う方法です。
本コラムでは、相続分の譲渡について、相続放棄との違いや譲渡先が相続人以外のケース、発生する税金、具体的な手続きなどのポイントについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
相続分の譲渡とはどのような制度なのでしょうか。以下では、相続分の譲渡についての4つのポイントを挙げて説明します。
まず、相続分とは、プラスの財産(積極財産)とマイナスの財産(消極財産)を含めた遺産全体に対する相続人の割合的な持ち分のことです。そして、相続人は、相続開始後から遺産分割が成立するまでの間、自分の相続分をほかの人に譲渡することができます(民法905条)。
これを「相続分の譲渡」といい、自分が相続する持ち分を他の人に渡すために設けられた制度です。「相続分の譲渡」は、有償ですることもできるので、すぐに現金が必要で、遺産分割協議が終わるまで待っていられないような場合にも使うことができます。
本来、相続人は、遺産分割を経て、初めて特定の遺産を取得することになります。しかし、遺産分割手続きは、相続人全員の協議または家庭裁判所の調停・審判によらなければなりません。特定の財産を取得するまでにはどうしても長い時間がかかってしまいます。長い時間を待てる人に有償で譲渡すれば、すぐに現金化できるというわけです。
ほかにも、相続分を譲渡した譲渡人は、遺産の持ち分がなくなるため、遺産分割協議や調停に参加する必要がなくなるというメリットもあります。そのため、相続の争いに巻き込まれたくない場合にも使うことができます。
相続分の譲渡は、他の相続人に対して譲渡する以外に、相続人以外の第三者に対して譲渡することもできます。
第三者に相続分が譲渡されると、相続人以外の第三者は相続人になるので、相続財産の管理や遺産分割協議、調停に参加することになります。相続分の譲渡を受けて相続人になった第三者を除いて遺産分割協議等をし、合意が成立したとしても、それはすべての相続人が参加していないため無効となります。
もっとも、遺産分割協議は、家族間でも揉めることがあるものですから、家族以外の第三者が相続人となって遺産分割協議に入ると、紛争が激化するおそれがあります。
そのような事態を防ぐため、他の相続人には、相続分の譲渡を受けた第三者から相続分を取り戻すことが認められています(民法905条1項)。これを「相続分の取戻権」といい、相続人から取戻権を行使された場合、第三者は拒むことはできません。なお、相続分の取戻権は、相続人全員で行使する必要はなく、相続人ひとりが単独で行うことも可能です。
相続分の取戻権を行使するときは、相続分の価額および相続分の譲渡費用を支払う必要があります。たとえ相続分の譲渡が無償で行われたとしても、相続分の財産的価値相当の対価を支払う必要がありますので注意してください。
なお、この取戻権の行使は、譲渡があったことを知ってから1か月以内にしなければなりません。期限が短いので、譲渡を知った場合にはすぐに手続きをするようにしましょう。
相続分の譲渡は、自分の相続分の全部を譲渡するだけでなく、その一部を譲渡することも可能です。
ただし、この場合の一部譲渡とは、あくまでも相続人の包括的持ち分の一部を譲渡することをいい、包括的持ち分を構成する個別の財産(不動産、預貯金など)の一部を譲渡するという意味ではありません。
一部譲渡により、相続関係が複雑になる可能性もありますが、それについては、前述の相続分の取戻権の行使によって解決することになります。
相続分の譲渡により発生する税金については、譲渡の相手方が相続人か第三者かによって異なってきます。
① 譲受人が相続人の場合
●無償で譲渡された場合
相続人間で相続分の譲渡を行ったとしても、無償で譲渡がなされた場合、譲渡ではあるものの、遺産分割手続き内の利益移転にすぎないことから、原則として贈与税はかかりません。相続人ではなくなるのですから、相続税もかかりません。一方で、譲受人は、無償で譲り受けたことに対して課税されないものの、相続したことによる相続税が発生します。
●有償で譲渡された場合
他方、有償で相続分の譲渡がされた場合、譲渡人の譲渡対価分は相続税の対象となります。譲受人は、対価を支払った分だけ相続する財産が減ることになりますので、相続財産と支払った対価の差額について相続税の対象となります。
② 譲受人が第三者の場合
●無償で譲渡された場合
相続分の譲渡を行ったとしても、譲渡人は相続税の負担があります。譲受人は、譲渡を受けた相続分について贈与税を負担する必要があります。
●有償で譲渡された場合
他方、有償で相続分の譲渡がされた場合、譲渡人は、相続税を負担するほか、譲渡対価について譲渡所得税を負担する必要があります。譲受人は、著しく低い価額で譲渡を受けた場合には、その差額について贈与税の課税対象となる場合があります。
遺産分割手続きから免れる方法としては、相続分の譲渡以外にも相続放棄という方法があります。
以下では、相続分の譲渡と相続放棄の違いについて、確認していきましょう。
相続放棄とは、被相続人のプラスの財産とマイナスの財産を含めたすべての財産を相続せずに、相続人の地位から離脱する手続きです。
相続放棄は、一般的には、被相続人に多額の負債があり、マイナスの財産がプラスの財産を上回るような場合に、借金の返済義務から免れるために行われることが多いですが、相続争いに巻き込まれたくない、あるひとりの相続人に財産を取得させたい、などの理由で行われることもあります。
相続放棄を行うときは、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月の熟慮期間内に家庭裁判所にその旨を申述します。
相続分の譲渡と相続放棄は、いずれも遺産分割手続きから離脱する方法という点では共通しますが、以下のような相違点もあります。
① 相続債務の負担の有無
相続分の譲渡は、相続債務についても譲受人に移転することになります。しかし、債権者との関係では、債権者の同意がない限り、譲渡人は相続債務の支払義務を免れることができません。「相続分は譲渡した」という理由で、請求を拒むことはできないのです。そのため、債権者から請求されれば、譲渡人は弁済義務を免れることはできず、債権者に対して弁済した上で、譲受人に対して支払った分の請求をすることになります。
一方で、相続放棄の場合には、相続債務を含めたすべての財産を放棄することになりますので、相続債務から免れることができます。
② 裁判所での手続きの要否
相続分の譲渡は、裁判所での手続きは不要ですが、相続放棄は、家庭裁判所での審判手続が必要です。
③ 期間制限の有無
相続分の譲渡は、相続開始後から遺産分割が成立するまでの間であれば、いつでも行うことができます。
これに対して、相続放棄は、原則として自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないという違いがあります。
④ 相続分を特定の人に譲れるかどうか
相続分の譲渡は、特定の相続人や相続人以外の第三者に自分の相続分を譲ることができます。
これに対して、相続放棄は、事実上、放棄によって他の相続人の相続分が増加することになりますが、特定の相続人や第三者に対して相続分を移転するということはできません。
⑤ 一部のみを対象とできるかどうか
相続分の譲渡は、自分の相続分の一部についてのみ譲渡することが可能です。
これに対して、相続放棄は、すべての財産を放棄する手続きですので、一部の放棄をすることはできません。
相続分の譲渡をすることによるメリットとデメリットは、以下のとおりです。
相続分の譲渡のメリットは、遺産分割手続きから早期に離脱することができる点にあります。
遺産分割手続きは、相続人全員の意見がまとまらなければ成立せず、話し合いで解決できない場合には、家庭裁判所の調停・審判によらなければなりません。
遺産の取得を希望していない、多少お金をもらえれば相続分を手放してもよい、と考えている相続人にとっては、長期間手続きに付き合わされるのは相当な負担となります。相続分の譲渡によってそのような負担から免れることができることはメリットといえるでしょう。
相続手続きから離脱する方法としては、相続放棄もありますが、相続分の譲渡でしかできないメリットは、特定の相続人や第三者に相続分を譲渡することができる点です。被相続人の介護に貢献してくれた方に相続分を譲りたいなど、特定の誰かに自分の相続分を譲りたいのであれば、相続分の譲渡を考えたほうがよいでしょう。
相続分の譲渡のデメリットは、相続税や相続債務の負担から逃れることができないという点です。
前述のとおり、相続分の譲渡によって、相続手続きから離脱したとしても、債権者との関係では、相続分の譲渡をしたことを理由として支払いを免れることはできません。
相続分の譲渡後、他の相続人がきちんと返済を続けていれば問題はありませんが、さまざま理由で返済が滞った場合には、譲渡人に請求がくるリスクがあります。
そのため、被相続人に負債があり、譲受人にした方の返済が滞るおそれがあるような場合には、大きなリスクを伴うため、慎重にリスク判断をするべきです。
相続分の譲渡には法律上決められた手続きはありませんので、口頭でも行うことができます。しかし、口頭でのやり取りでは、後日、相続分の譲渡があったことを証明することが困難となりますので、書面を作成しておきましょう。
特に、相続分譲渡証明書は、相続財産に不動産が含まれる場合の登記手続きにおいて必ず必要になります。
また、第三者に相続分の譲渡をする場合には、他の相続人が相続分の譲渡を知ってから取戻権の行使期間が過ぎるまでの間、譲受人の権利が不安定になるため、譲渡人から他の相続人全員に対し相続分の譲渡を通知するとよいでしょう。
このような書面について、きちんと形式を満たしたものでなければ、後日争いになるおそれがあります。相続分の譲渡をする際には、専門家へ相談することをおすすめします。
相続分の譲渡には、メリットもデメリットもあります。相続放棄や遺産分割協議によって相続財産を受け取らないことなど、相続分の譲渡と類似した効果を持つ手続きも存在します。
ご自身の具体的な状況に合致した適切な手続きを選択しなければ、後になって後悔することもありえます。後悔しないために、弁護士や税理士などの各士業に相談することが重要です。
全国展開するベリーベスト法律事務所には、弁護士への相談はもちろん、グループ内に在籍している税理士や司法書士とも連携したワンストップサービスを提供する体制が整っています。相続分の譲渡を考えている方は、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください。
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
配偶者である妻には、亡き夫の遺産を相続する権利(=相続権)が民法で認められています。一方で、義両親にも死亡した夫の相続権が認められるケースがある点にご留意ください。
このようなケースは、妻と義両親の間で遺産分割に関する利害調整が求められることもあり、慎重な対応が必要です。
仮に「義両親に一切の遺産を渡したくない」と思っていても、義両親に相続権がある以上は、義両親の要求をすべて拒否することは難しいといえます。
本コラムでは、夫死亡後の遺産相続における義両親の相続権や相続分、姻族関係終了届が相続に影響するのか否かなどのポイントについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
両親が亡くなった後に、実家の土地や建物をどう相続するかは、多くの方にとって悩ましい問題です。
たとえば、思い入れのある実家を残したいと思っても、誰か住むのかで揉めてしまうケースや、相続後の管理に多大な労力を要するケースが少なくありません。
実家の土地や建物が相続財産にある場合は、各選択肢のメリット・デメリットを踏まえて、家族にとってどのような形が望ましいかをよく検討しましょう。
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相続人が死亡するなど、一定の理由により相続権を失った場合は、その子どもが亡くなった相続人に代わって遺産を相続するケースがあります。
これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)と呼び、代襲相続により相続することになった方を代襲相続人といいます。また、代襲相続とは、民法で詳細に規定されている遺産相続の制度です。代襲相続は相続割合や法定相続分の計算が変わることもあり、相続争いに発展するケースもあるため、注意しましょう。
本コラムでは、具体的に代襲相続とはどういった制度なのか、代襲相続人となれる範囲や要件、相続割合などについて、代襲相続による注意点を含めて、べリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
代襲相続は複雑なために理解が難しい点もありますが、基本的なポイントをおさえることから理解を深めていきましょう。