遺産相続コラム
相続人が複数いて、遺言がない場合、遺産について相続人同士で話し合い(遺産分割協議)をすることとなります。遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。
そうすると、相続人の中に行方不明者がいる場合、相続人全員で行うべき遺産分割協議ができないことになります。しかしながら、それではいつまでたっても相続ができないことになります。そんなときには、行方不明の相続人の代理として、不在者財産管理人(ふざいしゃざいさんかんりにん)を選任することで、遺産分割協議を行うことができます。
そこで、本コラムでは、不在者財産管理人の役割や権限をはじめ、選任するときに留意すべき点などについて解説したいと思います。
不在者財産管理人が必要になるのは、不在者を手続に参加させる法律上の必要がある時です。例えば、①遺産分割協議の場合、②土地の隣地所有者が境界確定を求める場合、③不在者の土地を購入したい場合などです。
被相続人が死亡すると相続人は、遺産を相続することとなります。もっとも、上記のとおり、遺産分割協議は相続人全員ですることとなるので、相続人の中に行方不明者がいると、遺産分割協議ができません。
行方不明の相続人が見つからなければ遺産分割協議ができないとすると、一向に遺産分割協議が進まないこととなってしまいます。そのような場合、行方不明の相続人の代理として、不在者財産管理人を選任し、代わりに遺産分割協議に参加してもらうことで、遺産分割協議を進めることができます。
このように、遺産分割協議の場面で、不在者財産管理人が必要になることがあります。
参考:遺産分割協議の基礎知識
土地の境界は曖昧なことが少なくありません。年数を経るにつれて境界標識が地中に埋もれてしまったり、地震などで地形がゆがんだりする場合もあり、境界が不明瞭になっていくからです。
そうすると、例えば、自分の所有地の一部を分筆して売却したいというようなときには、境界が確定しないと分筆ができませんが、その際には、隣接地所有者全員が立ち会って境界を確認しなければなりません。隣接する所有者全員が立ち会って境界を確認し、合意ができれば、境界の確認書へ全員が署名押印し、境界標を埋設して完了になります。
しかしながら、隣接土地の所有者が行方不明の場合、隣接する所有者全員の合意が得られないので、境界確定の手続きが進まないこととなってしまいます。このような場合、境界確定を求める者が、不在者財産管理人の選任を申し立てて、不在者財産管理人と合意をすることで、境界確定の手続きを進めることができます。
このように、境界確定手続き場面でも、不在者財産管理人が必要になることがあります。
空き地の所有者が行方不明の場合、その土地を購入しようにも、売主となるべき所有者が見つからないため、購入することができません。このような場合にも、当該土地を購入したい人が、不在者財産管理人の選任申し立てを行い、不在者財産管理人と売買契約を締結することで、当該土地の購入が可能になります。
なお、行方不明者が、従来の住まいからいなくなってしまい容易に帰ってくる見込みがないというだけではなく、生きているのか死んでいるのかも分からない生死不明の状況が続いているという状態のときには、対処する方法として「失踪宣告制度」というものもあります。失踪宣告制度は、原則7年以上生死不明であれば、家庭裁判所に申し立てをして、生存が証明された最後の時から7年経過した時をもって、その生死不明者は死亡したものとみなすという制度です。
不在者財産管理人制度は、行方不明者が生存していることを前提に、不在者財産管理人がその代理人として管理にあたるのに対して、失踪宣告制度は、生死不明者を死亡したものとみなして、生死不明者の財産については生死不明者の相続人を相手に手続きなどを行っていくことになるもので、全く異なる制度です。
不在者財産管理人制度と失踪宣告制度の使い分けのポイントですが、不在者は、従来の住所や居所を離れて、容易に帰ってくる見込みのない者ですので、どこかに行ってしまったが、時々連絡はあり、居所は解らないが生きていることは解るというときには、不在者財産管理人を選任して、法的手続きを進めて行くことになります。また、不在者というのは、生死不明者を含む概念ですが、失踪宣告制度においては、基本的に失踪から7年を経過しないと死亡したとみなされないため、すぐに不在者の財産に関する処理をしたい場合には、不在者財産管理人制度を使わざるを得ません。
逆に失踪してから7年が経過している場合で、しかも生死不明の場合には、どちらの制度も利用することができます。失踪宣告は死亡したとみなされることから心理的負担が大きく、失踪者の財産の相続を目的とするのでなければ、不在者財産管理人の方が利用しやすいでしょう。不在者財産管理人を選任した後に、失踪宣告制度を利用することもできるので、取りあえずは不在者財産管理で処理するということでもいいかもしれません。
相続人の中に行方不明者がいる場合、不在者財産管理人を選任することができます。もっとも、「不在」といえるためには、ある程度の期間行方不明であるということが必要になります。そのため、数日の間行方がわからないという程度では、不在者財産管理人は選任されない可能性が高いです。なお、選任手続きは、利害関係人または検察官が家庭裁判所に選任の申立てをすることで開始されます。
不在者財産管理人制度は、不在者自身が財産の管理人を置かず、不在者の財産を管理する者がいない場合に、利害関係人または検察官からの申し立てにより、家庭裁判所が不在者財産管理人を選任し、その任にあたらせるというものです。
不在者とは、従来の住所又は居所を去って容易に帰ってくる見込みのない者をいいます。選任された不在者財産管理人は、不在者に代わり不在者の財産を管理・保存するほか、家庭裁判所の許可を得たうえで、不在者に代わって財産の処分も行うことができます。なお、遺産分割協議は、財産の処分にかかる行為なので、不在者財産管理人が遺産分割協議を成立させるには、裁判所の許可が必要になります。
不在者財産管理人は、利害関係者によって選任が申し立てられますが、不在者財産管理人には、不在者と不在者財産管理人との間に利益相反関係がない人が選任されます。遺産分割協議を行う必要があるために不在者財産管理人の選任が申し立てられたときに、相続人の一人を不在者財産管理人にしたら、不在者財産管理人は、自分に有利な遺産分割に同意してしまう可能性があり、いくら遺産分割協議の成立には家庭裁判所の許可が必要だといっても、不在者の権利が守られない危険性があるからです。
手続きとしては、不在者財産管理人選任の家庭裁判所への申し立ての際に、不在者財産管理人候補者を提出するので、問題がなければ裁判所はその人を管理人に選任します。
実務的には、遺産分割協議のために不在者財産管理人の選任申立があった場合には、①相続に利害関係がない被相続人の親族か、②弁護士などの専門家が不在者財産管理人になることが通常です。利害関係のない親族がいる場合には、その者が選任されることもありますが、適任者がいない場合には、弁護士などの専門家が選任されます。
不在者財産管理人は、選任されたら速やかに不在者の財産を調査して財産目録を作成し、家庭裁判所に提出しなければなりません。また、初回の報告に加えて、1年に1回は、財産管理について定期報告をしなければなりません。その他、家庭裁判所から不在者の財産状況について報告を求められた場合には、報告する義務があります。
不在者財産管理人は、不在者の財産について、①保存行為と②目的物または権利の性質を変えない範囲内での利用または改良を行うことができます。この2つ以外のことを不在者財産管理人が行う場合には、「権限外行為許可」という家庭裁判所の許可が必要になります。
なお、不在者財産管理人の職務は、①不在者が現れたとき、②不在者について失踪宣告がされたとき、③不在者が死亡したことが確認されたとき、④不在者の財産が無くなったとき、のいずれかまで存続します。つまり、遺産分割協議を目的に選任された場合でも、遺産分割協議が終了したら終わりというものではないので注意が必要です。
不在者財産管理人が不在者の財産を不正に費消した場合、不在者財産管理人を解任されるのは当然として、民事上の損害賠償請求を受けたり、業務上横領などの刑事責任を問われたりする可能性があります。
不在者財産管理人の選任申し立てについてはすでに説明しましたが、改めて整理します。
・利害関係人(不在者の配偶者、相続人にあたる者、債権者など)
・検察官
申し立ては、不在者の従来の住所地または居所地の家庭裁判所に対して行います。家庭裁判所は、家事事件手続法にもとづく家事審判で不在者財産管理人を選ぶ決定を行います。必要書類は次のとおりです。
申し立てにかかる費用は、収入印紙800円分と連絡用の郵便切手代になります。不在者の財産が少ない場合には、申立人に予納金の納付が求められる場合があります。親戚や知人が不在者財産管理人になった場合には、報酬を請求しないことが多いですが、弁護士などが不在者財産管理人になる場合には、通常は報酬付与決定を裁判所に行ってもらい、報酬を取得します。
管理費用は不在者の財産から支出されることになりますが、不足する場合には、申立人が予納した予納金から支出されることもあります。
共同相続人の中に不在者がいる場合、遺産分割協議ができませんので、不在者財産管理人を選任して、その人を含めて遺産分割協議をすることになります。繰り返しになりますが、遺産分割は財産の処分行為になるので、遺産分割協議を成立させる際には、家庭裁判所から「権限外行為許可」を取る必要があります。
不在者財産管理人を含めて共同相続人全員が遺産分割について合意ができたら、遺産分割協議書を作成して、全員が署名押印します。基本的に遺産分割協議の手続きはこれで終わりとなり、後は遺産分割協議書のとおりに登記をしたり、預貯金を解約したりするだけです。
なお、相続人に不在者がいる場合、不在者は法定相続分を相続するのが原則ですが、そうすると不在者が帰ってくるまで、不在者財産管理人が財産を管理しなければなりません。そこで、相続財産が少ないような場合には、不在者以外の相続人が不在者の相続分も相続し、不在者が帰ってきた場合には、法定相続分相当の代償金等を支払うという手法がとられることがあります。これを「帰来時弁済型の遺産分割」といいます。帰来時弁済型の遺産分割協議をすることで、不在者財産管理人は相続した財産を管理する任務から解放されます。
ただし、不在者が帰ってきたときに、支払うべき代償金がないということがないように、不在者の分も相続する相続人は、資力が十分あるということを家庭裁判所に対して証明する必要があります。
今回は、相続人の中に行方不明者がいる場合の遺産分割協議の手続きについて解説してきました。相続はお金がからむことなので、相続人間で結構トラブルになるケースが多いものです。
相続人の中に行方不明者がいるような場合には、話し合いができずどうしたらよいかわからないという方も多いと思います。そのような場合には、まずは弁護士に相談することをおすすめします。
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