遺産相続コラム
被相続人(亡くなった方)の遺産を相続したくないけれど、どうしたらよいのか分からないとお悩みの方もいるでしょう。検索すると、「相続放棄」や「財産放棄(遺産放棄)」といった言葉が出てくるものの、それぞれどういうことなのか分からず、進め方も分からないという方も多いのではないでしょうか。
「相続放棄」と「財産放棄(遺産放棄)」はその名前は似ていますが、まったく異なるものです。被相続人の遺産を相続しない場合、それぞれの効果を踏まえて適切な手続き方法を選択しなければ、思いもよらぬトラブルに発展してしまうことがあります。
本コラムでは、相続したくないものがある場合にどうしたらよいのか、相続放棄や財産放棄(遺産放棄)をする方法や注意点などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
相続放棄とは、民法第938条以下に定められている、自身が相続人でなくなるための手続きです。相続放棄をすると、相続人ではなくなりますので、プラスの遺産もマイナスの財産も一切相続しません。
一方で、財産放棄(遺産放棄)と言われるものは、法律にある言葉ではなく、そのような制度もありません。一般的に、「財産放棄(遺産放棄)」と言われているのは、遺産分割協議において、自身は何も相続しないことを、相続人全員で確認するというものです。
財産放棄と相続放棄は、文字だけ見ると似ているように見えますが、全く異なるものです。特に、以下の4つの点について異なります。
それぞれ、詳しく見ていきましょう。
財産放棄は、相続人として、具体的な財産を相続しないことを合意するというものです。相続人としての地位は失いません。
相続人となる方は全員、遺産分割協議に参加する必要がありますので、相続人として遺産分割協議に参加した上で、自身は何も相続しないという内容の遺産分割協議書に署名押印をする必要があります
これに対して、相続放棄を行うと最初から相続人にならなかったものとみなされます(民法939条)。そのため、相続放棄をした方は、遺産分割協議に参加して、協議書に調印する必要がありません。なお、相続放棄は撤回することができません(民法919条1項)。
遺産分割協議において、自身は何も相続しないことを合意した(財産放棄をした)としても、被相続人の金銭債務(借金等)は、他の相続人とともに相続します。可分債務は遺産分割の対象にならず、相続人間で当然に分割されるためです(最高裁昭和34年6月19日判決)。遺産分割協議において相続しないことを確認しても、借金などの債務を相続するということには注意しましょう。
これに対して相続放棄をすると、被相続人の債務を含めた一切の遺産を相続しません。そのため、借金を相続することはありません。
借金があるから相続したくないとお考えであれば、遺産分割協議において相続しないことを合意すること(財産放棄)ではなく、相続放棄が必須です。
財産放棄とは、相続人全員で行う遺産分割協議にて、全ての財産を相続しないことを合意することです。したがって、財産放棄を行うには、自身が何も相続しないことが記載された遺産分割協議書に署名押印することが必要です。家庭裁判所で手続きを行う必要はありません。
一方、相続放棄は、家庭裁判所に相続放棄の申述書や添付書類を提出して行わなければなりません(民法第915条第1項)。財産放棄の場合とは異なり、他の相続人に対して相続放棄することを伝える必要もなく、単独で行うことができます。
財産放棄は、遺産分割協議の際に行うもので、確定的な期限があるものではありません。
これに対して相続放棄は、自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内に行わなければなりません(民法第915条第1項)。したがって、通常は、被相続人が亡くなったことを知ってから3か月以内に、家庭裁判所で手続きを行わなければなりません。
ただし、3か月経過後に非常に多額の借金が判明した等の場合には、例外的に、期限後の相続放棄が認められることもあります。期間が過ぎている、もしくは期間が目前に迫っている状況で相続放棄を行いたいとお考えの方は、弁護士にご相談ください。
遺産を相続したくないとお考えの場合、まずは相続放棄をご検討ください。遺産分割協議において相続しないことを合意する(財産放棄)だけでは、遺産を相続しないという目的を達することができない可能性があります。
財産放棄については、特に、以下の2点について十分に注意しましょう。
相続放棄とは異なり、財産放棄をしたとしても、被相続人が負っていた債務の相続は免れることはできず、債務を相続します。債権者から支払いを求められたら、法定相続分に応じた金額を支払う義務があります。
他の相続人との間で、債務の支払いを行う人を決めることもできます。しかしながら、債権者から請求されれば、法定相続分に応じた金額を上限として、支払いを行わなければなりません。
遺産分割協議において、相続しないこと、債務についてご自身が支払わないことを合意したとしても、債務から逃れられず、支払いを行わなければならないことには、くれぐれもご注意ください。
債務を相続しないためには、家庭裁判所で相続放棄の手続きをとる必要があります。
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。
財産放棄をしたいと考えていらっしゃる場合、遺産分割協議の中で、自身が何も相続しないことを相続人全員で合意しなければなりませんので、遺産分割協議に参加して、署名押印もしなければなりません。
また、何も相続しないことを合意した場合(財産放棄をした場合)でも、相続人としての地位は失われません。そのため、遺産分割協議後に何か別の遺産の存在が発覚した場合には、原則として、再度、相続人全員で遺産分割協議をしなければなりませんが、その際、当初の遺産分割協議書の文言にはよりますが、やり直しの遺産分割協議にも参加しなければなりません。
財産放棄と相続放棄は、その目的によってどちらを選択すべきかが異なります。ご自身の状況に照らして、適切な選択ができるように検討を行いましょう。また、弁護士にアドバイスを求めることも非常に有益です。
ここからは、下記のよくある4つのケースに基づき、財産放棄と相続放棄のどちらを選択するのがよいのかを解説します。
「相続トラブルに巻き込まれたくない」という思いから、遺産分割協議への不参加を希望している場合には、相続放棄を選択するのがよいでしょう。
財産放棄を希望する場合、遺産分割協議に参加しなければなりませんが、相続人ではなくなる相続放棄なら、遺産分割協議への参加が不要となります。
相続トラブルから完全に距離を置きたい場合は、財産放棄ではなく、相続放棄を選択しましょう。
被相続人に多額の借金等の債務があり、相続財産で清算できないことが明らかである場合には、相続放棄を選択すべきです。
財産放棄の場合、相続人のひとりとして被相続人の借金を法定相続分に応じて承継してしまいますが、相続放棄をすれば、借金を含めた一切の遺産を相続しませんので、被相続人の借金を返済する必要は一切ありません。
特に相続財産の価値がマイナスである場合は、他の全相続人が相続放棄をする可能性もあるでしょう。その場合、自分だけ相続放棄をせずにいると、全ての借金をひとりで返済しなければなりません。
「自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内」の期限が到来するまでに、確実に相続放棄の手続きを行いましょう。
被相続人の財産の詳細が分からないなど、3か月以内に判断ができないという場合もあるでしょう。その場合、この3か月については、家庭裁判所で、申述期間の伸長の申立てを行うことにより、その期間を延ばすことができます。
なお、被相続人にどの程度借金等の債務があるか分からず、相続財産の価値がプラスかマイナスか不明な場合は、限定承認を行うことも検討できます。
限定承認は、相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐものであり、相続人自身の財産を使ってでも借金を支払わなければならないという事態を回避することができるものです。
したがって、被相続人の債務がどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性がある場合や、どうしても相続したい財産がある場合には、限定承認が有力な選択肢となるでしょう。限定承認は相続放棄と同様、自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内に、家庭裁判所へ申述書等を提出して行います。
ただし、限定承認は相続人全員で行う必要があるほか、相続放棄に比べて手続きがはるかに複雑です。限定承認を考えている場合は、早い段階で弁護士への相談をおすすめします。
相続放棄をすると、相続権が他の親族に移動する場合があります。
たとえば、被相続人の配偶者と子どもが相続人のケースにおいて、子ども全員が相続放棄をした場合、直系尊属(被相続人の父母や祖父母等)が相続人になります(民法889条1項1号)。直系尊属がいないかもしくは全員が相続放棄を行った場合は、被相続人の兄弟姉妹が相続人となります(民法889条1項2号)。
被相続人の配偶者と子が相続人の場合に、配偶者に全ての財産を相続させたいために、他の相続人が相続しないようにしたいとき、配偶者以外の相続人が相続放棄をしてしまうと、後順位の相続人と遺産分割協議をしなければならなくなり、結果として、配偶者にのみ相続させるという希望をかなえることができない可能性が高くなってしまいます。
配偶者と子の遺産分割協議において、子が一切相続しない旨の合意(財産放棄)をすれば、配偶者に全ての遺産を相続させるという希望をかなえることができます。
したがって、上記のような場合には、財産放棄の方法を採るべきと言えます。
相続放棄の期限が経過してしまった場合でも、財産放棄は行うことができます。
ただし、期限内に相続放棄ができなかった事情がある場合には、期限後でも相続放棄が認められるケースがあります。期間経過後に、被相続人に多額の借金があることが判明した場合など、3か月の期間は過ぎているものの、相続放棄したいという場合には、諦めずに弁護士へご相談ください。
財産放棄ではなく相続放棄を選択する場合は、原則として自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内に、家庭裁判所に対して申述書と添付書類等を提出する必要があります。
相続放棄の添付書類は、申述人(相続放棄をする相続人かその代理人)と被相続人との続柄によって異なります。詳しくは、裁判所のウェブサイトをご参照ください。
相続放棄申述書には、収入印紙800円分を貼付します。連絡用の郵便切手や添付書類(戸籍謄本など)の取得費用を併せて、数千円から1万円程度の費用が必要です。
申述書等を提出した後、家庭裁判所から照会の書面が送られてくる場合や、電話がくる場合があります。照会の目的は、相続放棄の意思を確認することです。
無事、相続放棄が受理されれば、家庭裁判所から相続放棄申述受理通知書が送られてきます。これで相続放棄の手続きは完了です。手続きをした家庭裁判所に申請すれば、相続放棄受理申述受理証明書も受け取れます。
手続き完了後は、被相続人の債権者から支払いを求められた場合には、相続放棄申述受理通知書や相続放棄申述受理証明書を見せて、支払う義務がないことを伝えることになります。
なお、相続放棄を弁護士に依頼すれば、申述や照会書面への回答作成についても代行してもらえます。遺産相続に関して何か不安がある方は、積極的に弁護士への相談を検討するとよいでしょう。
遺産を相続しない場合でも、財産放棄と相続放棄のうち、どちらか適切な手続きを選択しないと、相続トラブルに巻き込まれてしまいかねません。適切な対応により相続トラブルを回避するには、弁護士へのご相談をおすすめします。
ベリーベスト法律事務所は、遺産相続に関するご相談を随時受け付けております。遺産相続の知見・経験豊富な弁護士が、ご状況やご希望に合わせて親身にご対応いたしますので、遺産相続に関するお悩みは、お気軽にベリーベスト法律事務所にご相談ください。
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
被相続人(亡くなった方)の遺産を相続したくないけれど、どうしたらよいのか分からないとお悩みの方もいるでしょう。検索すると、「相続放棄」や「財産放棄(遺産放棄)」といった言葉が出てくるものの、それぞれどういうことなのか分からず、進め方も分からないという方も多いのではないでしょうか。
「相続放棄」と「財産放棄(遺産放棄)」はその名前は似ていますが、まったく異なるものです。被相続人の遺産を相続しない場合、それぞれの効果を踏まえて適切な手続き方法を選択しなければ、思いもよらぬトラブルに発展してしまうことがあります。
本コラムでは、相続したくないものがある場合にどうしたらよいのか、相続放棄や財産放棄(遺産放棄)をする方法や注意点などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
親が亡くなり、実家を相続することになっても、価値がなかったり遠方に居住していたりして、子どもである自分が活用も管理もできそうにない……。
そのようなお悩みを抱えているときに、選択肢のひとつとして、「相続放棄」を検討している方もいるでしょう。ただし、相続放棄をしたとしても空き家の管理義務が残る可能性もあり、すべてをきれいに解決できるとは限らないため、空き家の相続対応には注意が必要です。
本コラムでは、実家を相続放棄する方法や注意点、相続放棄した後の空き家管理の問題などについて、弁護士が詳しく解説します。
何らかの理由で、生前に相続放棄をしておきたい、または相続人に相続放棄を求めたい、と考える方もいるでしょう。
たとえば、後の相続トラブルに巻き込まれないように事前に相続放棄をしておきたい、と思ったり、高齢になって再婚するときに、自分の子どもに財産を残せるよう再婚相手に相続放棄をしてほしいと思ったりすることもあるかもしれません。
しかし、被相続人(亡くなった方)の生前に相続放棄をすることは認められていません。この場合、被相続人に遺言書を作成してもらうだけでなく、遺留分の放棄も行うことによって対応する必要があります。
この記事では相続放棄と遺留分放棄との違い、そして勘違いされやすい相続分放棄との違いについて、注意点を交えながらベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。