遺産相続コラム
親が死亡した後に遺産である預貯金を調べていると、親の死亡前後に不自然な出金があることが判明する場合があります。そのような場合、親と同居していた親族によって、遺産が不正に使い込まれていたのではないか、と疑うこともあるでしょう。
相続人によって被相続人(亡くなった方)の遺産隠しや遺産の横領が行われた場合に、遺産を取り戻すことは可能なのでしょうか。
今回は、使い込まれた遺産を取り戻す方法などについてベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
「遺産を使い込まれているかもしれない」と思ったときには、以下のような対応をとるようにしてください。
遺産の使い込みを疑うようになるきっかけとしては、「思ったより遺産が少ない」、「被相続人が生前に所有していると言っていたはずの財産が遺産には含まれていなかった」などが挙げられます。相続人による遺産の使い込みが疑われる事情が存在する場合には、まず、遺産分割協議を始める前に、本当に使い込みがあったかどうかを調査しなくてはなりません。
まずは、このような調査を行って、疑わしい取引があったかどうかを客観的に明らかにしていきます。
このような調査の結果、遺産の使い込みが疑われるような取引が発覚したとしても、そのすべてが不正な使い込みにあたるとは限りません。疑わしい取引があったとしても、正当な行為であることを裏付ける事情が存在する可能性がありますので、同居する親族から詳しく事情を聞く必要があります。
たとえば、被相続人の生前に多額の預貯金が引き出されていたとしても、同居する親族に対して生前贈与がなされていたり、被相続人の生活費や介護施設の費用などに充てられていたりするかもしれません。このうち、被相続人の生活費や介護施設の費用などの支払いは被相続人の意思に基づくものと認められる可能性が高いですが、生前贈与については贈与契約自体の有効性を争っていくことができる場合もあります。
また、被相続人の死後に預貯金が引き出されていたとしても、被相続人の葬儀費用などに充てられている可能性もあります。葬儀費用は、相続開始後に生じた債務であり、遺言とも関係がなく、原則として祭祀主宰者が負担するべきものと考えられています。しかし、遺言執行者の定めがあり、かつ、被相続人と遺言執行者との間で死後事務に関する委任契約が締結された場合に、遺言執行者が同契約に基づく受任事務として葬儀費用の支払いを行う場合もあります。
具体的な事情によっては、不正な使い込みとはいえず、遺産を取り戻すことができない可能性もありますので、まずは事情の確認から始めましょう。
高額な遺産の使い込みが発覚した場合には、お金の取り戻しだけでなく、刑事裁判で罰してほしいと思う方もいるでしょう。
そのようなことは実際に可能なのでしょうか。
同居している親族が被相続人の財産を使い込んでいた場合には、被相続人から管理を任されていた場合には横領罪が、管理を任されてわけではなく勝手に処分した場合には窃盗罪が、被相続人を騙して財産を得た場合には詐欺罪の構成要件に該当する可能性があります。
しかし、刑法には、親族間の犯罪行為について一定の特例が規定されています。具体的には、配偶者、直系血族または同居の親族との間で、窃盗罪、詐欺罪、横領罪などの特定の罪を犯したとしてもその刑が免除されるという特例です(刑法244条、同法251条、同法255条)。ここでいう「同居の親族」とは、同じ住居で日常生活を共同にしている者をいい、家屋の一室を賃借している者や一時宿泊した者は含まれないと考えられています。
また、配偶者、直系血族または同居していない親族との間でこれらの罪を犯した場合には、刑の免除はされませんが告訴がなければ公訴を提起することができないとされています。
特例の適用がある親族の範囲は、民法725条によって、以下の範囲とされています。
なお、免除を受ける者の範囲を明確にするため、「配偶者」に内縁関係は含まれないと考えられています。
したがって、親族による使い込みがあった場合には、多くのケースでは特例が適用されて刑事事件に発展する可能性は低いといえます。ただし、親族が被相続人の成年後見人に就任しているような場合には、特例の適用はありませんので、刑事事件に発展する可能性があります。
このように親族間の遺産隠しの問題については、特例が適用されて刑が免除されるか、告訴をして刑事事件として捜査をしてもらうかの、いずれかの対応となる可能性が高いといえます。
仮に、特例が適用されないケースで刑事事件に発展したとしても、刑事事件は、あくまでも犯罪を行った人に対して刑罰を科す手続きですので、隠された遺産を取り戻すための手続きではありません。
そのため、遺産の取り戻しを目的とするのであれば、刑事事件ではなく民事事件として進めていく必要があります。
横領や財産隠しなどで使い込まれた遺産を取り戻すにはどのように行えばよいのでしょうか。以下では、具体的な方法と取り戻す際の注意点について説明します。
遺産を取り戻す方法としては、以下の方法があります。
① 話し合いによって取り戻す方法
まずは、遺産の使い込みをした人に対して、交渉によって使い込まれた遺産を任意に返還するように求めます。使い込まれた遺産の返還を求める際には、口頭での請求ではなく、請求した証拠が残るように内容証明郵便を利用して行うようにしましょう。
内容証明郵便自体には使い込まれた遺産を取り戻す強制力はありませんが、請求した内容とそれが相手方に届いたことを後日証明することが可能です。
遺産の取り戻しについては、後述する時効の問題がありますので、時効が迫っているような場合には、内容証明郵便での請求は時効の完成を猶予させるための有効な手段となります。
② 民事訴訟によって取り戻す方法
「遺産の使い込みの問題なのだから遺産分割調停で解決すればよい」と考える方もいるかもしれません。
しかし、そもそも生前に遺産の使い込みがある場合には使い込まれた遺産は相続発生時には存在しておらず、死後に遺産の使い込みがある場合にも遺産分割時には存在しない遺産となるため、被相続人から生前贈与を受けたなど遺産分割の先取りとして取得を認める場合や遺産の使い込みをした相続人が使い込みを認めて遺産分割手続きの中で解決することに同意している場合を除いて、遺産分割調停や審判では使い込まれた遺産の問題を取り扱うことはできません。ただし、令和元年7月1日以降の相続では、使い込みをした相続人以外の相続人全員が遺産分割の対象に含めることに同意している場合には、遺産分割調停や審判で使い込まれた遺産の問題を取り扱うことができます(民法906条の2)。
そのため、遺産の使い込みが問題となる事案については、原則として、不当利得に基づく返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求によって民事訴訟で解決する必要があります。
交渉では解決することができない場合には、民事訴訟を提起して、使い込まれた遺産を取り戻していくことになります。
使い込まれた遺産を取り戻す場合には、以下の点に注意が必要です。
① 取り戻せる範囲は法定相続分までであること
使い込まれた遺産を取り戻せる範囲は、遺言がなければ、遺産の取り戻しを求める相続人の法定相続分に相当する部分に限られるという点に注意が必要です。遺産の取り戻しを求める相続人は、遺産を使い込んだ相続人が法律上の原因なく利益を得たことによって損失を被ったこと、または遺産の使い込みという違法な行為によって遺産を受け取れないという損害を被ったことを理由に取り戻しを求めることになりますが、損失や損害を被った部分と言えるのは、使い込まれた遺産の全部ではなく、使い込まれた遺産のうち法定相続分に相当する部分に限定されるからです。
もちろん、他の相続人と共同して請求することによって、取り戻しを求めることができる範囲は拡大しますので、共同して進める方がよいでしょう。
② 持ち戻しの免除があった場合には遺産は取り戻せない
たとえば、生前に被相続人名義の預金口座から預金の引き出しがあり、これが遺産の使い込みにあたる旨を主張したところ、預金を引き出した相手方から「被相続人から生前贈与を受けた」との反論がなされることがあります。
その場合、まず、被相続人の意思に基づいて生前贈与がなされたかどうか、すなわち被相続人が認知症に罹患していたなど、被相続人に贈与契約を締結するに足りる意思能力があったかどうかを争うことになります。
そして、被相続人が自らの意思に基づいて生前贈与をしたといえる場合には、次に、生前贈与を受けた相手方が、引き出した預金を生計の資本として充てていたかどうかを争うことになります。その後、生前贈与が有効であり、相手方が引き出した預金を生計の資本に充てていたといえる場合には、生前贈与部分を取り戻すことはできず、遺産分割における「特別受益」として考慮していくことになります。これを「特別受益の持戻し」といいます(民法903条1項)。
なお、もし被相続人に贈与契約を締結するだけの意思能力が認められず、また、相手方引き出した預金を生計の資本以外に充てていた場合には「特別受益」とはいえませんので、相手方に対して不当利得に基づく返還請求、または不法行為に基づく損害賠償請求として民事訴訟で解決していくこととなります。
もっとも、被相続人が特別受益の持戻しを希望しない旨の意思表示をした場合には、特別受益の持戻しを考慮しないで遺産分割を進めることになります。これを「持戻し免除」といいます(民法903条3項)。
持戻し免除の意思表示は、明示の意思表示のみならず、黙示の意思表示でもよいとされており、黙示の意思表示の場合は、贈与の内容・価額、贈与された動機、被相続人と相続人の生活関係、職業・経済状態、他の相続人が受けた贈与の内容・価額などの事情を総合考慮して判断することとなります。ただし、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対して、令和元年7月1日以降に居住用不動産を遺贈又は贈与した場合、持ち戻し免除の意思表示がない場合でもその意思表示が推定されます(民法903条4項)。
そのため、「特別受益」となるときでも「持戻し免除」の意思表示が認められた場合には、使い込みが疑われる遺産についての取り戻しを求めることはできなくなります。
③ 取り戻しを請求する際の時効
使い込まれた遺産を取り戻そうとする場合には、「時効」という期間制限がある点にも注意が必要です。
不法行為に基づく損害賠償請求によって、使い込まれた遺産の取り戻しをする場合には、相続人による使い込みがあったことを知ったときから3年または使い込みから20年で時効になります。
また、不当利得に基づく返還請求によって、使い込まれた遺産の取り戻しをする場合には、相続人による使い込みがあったことを知ったときから5年または使い込みから10年で時効になります。
ただし、令和2年3月31日以前に遺産が使い込まれた事案については、改正前の民法が適用され、不当利得返還請求では使い込みから10年で時効になるので注意しましょう。
相続人による遺産の使い込みが疑われる場合には、弁護士に相談することをおすすめします。
遺産の使い込みの事案では、使い込みをしたと疑われる人に対して返還を求めたとしても、その人が使い込みをしたことを素直に認めることはほとんどありません。何らかの理由を述べて正当な受領権限があったと主張し、返還を拒むことが多いといえます。
そのため、遺産の使い込みの事案では、遺産の使い込みがあったことを立証するための証拠の収集が重要となります。どのようなものが証拠となるのかについては、事案ごとに個別具体的に異なってきますので、適切に判断するのは難しいことが多いでしょう。
弁護士であれば、どのような証拠が必要であるかを適切に判断することができるだけでなく、「弁護士会照会制度」を活用し、証拠の収集を行うことも可能です。
前述のとおり、遺産の取り戻しを請求する場合、遺産の使い込みがあった時期が被相続人の死亡の前か後か、使い込みをした人物が使い込みを認めているか等によって、選択すべき法的根拠および法的手段が異なってきます。
弁護士に依頼をすることによって、複雑な法律構成に悩むことなく、手続きを一任することができますので、ご本人の負担は相当軽減することでしょう。
遺産の使い込みに関する問題は、遺産分割の前提問題という位置づけになります。そのため、遺産の使い込みについて問題解決できたとしてもすべての問題が解決するわけではありません。使い込まれた遺産を取り戻した後は、被相続人の遺産を分割する手続きを進めていかなければなりません。
弁護士であれば、遺産の使い込みに関する問題解決から遺産分割手続きまで、一連の紛争を解決することが可能です。
相続人による遺産の使い込みが疑われる場合には、話し合いだけでは解決することができず、民事訴訟に発展するケースも少なくありません。使い込まれた遺産を取り戻すためには、使い込みを証明するための証拠収集から訴訟手続きまで弁護士による法的サポートを受けることが有益です。
遺産相続の事案では、相続人が各地に散らばっていることも珍しくありませんが、全国展開するベリーベスト法律事務所では、全国にオフィスがありますので、ご相談者さまのお近くのオフィスで対応が可能です。まずは、お気軽にご相談ください。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
配偶者である妻には、亡き夫の遺産を相続する権利(=相続権)が民法で認められています。一方で、義両親にも死亡した夫の相続権が認められるケースがある点にご留意ください。
このようなケースは、妻と義両親の間で遺産分割に関する利害調整が求められることもあり、慎重な対応が必要です。
仮に「義両親に一切の遺産を渡したくない」と思っていても、義両親に相続権がある以上は、義両親の要求をすべて拒否することは難しいといえます。
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たとえば、思い入れのある実家を残したいと思っても、誰か住むのかで揉めてしまうケースや、相続後の管理に多大な労力を要するケースが少なくありません。
実家の土地や建物が相続財産にある場合は、各選択肢のメリット・デメリットを踏まえて、家族にとってどのような形が望ましいかをよく検討しましょう。
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相続人が死亡するなど、一定の理由により相続権を失った場合は、その子どもが亡くなった相続人に代わって遺産を相続するケースがあります。
これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)と呼び、代襲相続により相続することになった方を代襲相続人といいます。また、代襲相続とは、民法で詳細に規定されている遺産相続の制度です。代襲相続は相続割合や法定相続分の計算が変わることもあり、相続争いに発展するケースもあるため、注意しましょう。
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代襲相続は複雑なために理解が難しい点もありますが、基本的なポイントをおさえることから理解を深めていきましょう。