遺産相続コラム
認知症だった父親や母親が遺言書を残していた場合、遺産相続はその遺言内容に沿って進めなければならないのでしょうか?
認知症が相当程度まで進行していた場合、遺言者の判断能力が欠如していたとして遺言が無効になる可能性があります。
今回は、認知症の父親や母親が遺言を残していたときに無効になり得るケースと相続人がとるべき対応について、弁護士が解説します。
そもそも認知症の方がした遺言は有効なのでしょうか?
まず、認知症だからといって遺言がすぐさま無効になるわけではありません。
遺言をするには「遺言能力」が必要です。遺言能力とは、自分の行う遺言の意味を理解し、その結果を弁識することができる意思能力です。
高齢者が認知症になっていても、軽度認知症で、遺言の内容を理解し、そこから導かれる結果を認識できているならば、有効な遺言ができます。
後見開始の審判がなされ、成年後見人がついているなどしても、一定程度遺言能力が回復したら、遺言書を作成できます。ただし、その場合には、医師2人以上の立会いが必要です(民法973条)。また、遺言能力の有無とは別に、後見人が選任されている場合において、後見の計算が終了する前に後見人や後見人の配偶者、後見人の子、孫などの直系卑属に利益となる遺言をしたときは無効となります(民法966条)。
認知症の方がした遺言の場合を含め、一般的に遺言が無効になり得るのは、以下のようなケースです。
●認知症がひどく、最低限の意思能力すら失われている
認知症の程度が進み、本人の意思能力が失われて遺言の意味すら認識できない状態で作成されたなら、意思能力のない者のした意思表示は無効であるため、その遺言は無効です。
過去の裁判例において、公証役場で公証人に作成してもらった「公正証書遺言」でも、上記のような理由から無効と判断された例があります。
たとえば本人が寝たきりになっていてほとんど発語もせず、自分では日常生活に必要なことをほとんど何もできなくなっていた状態であれば、不動産や預貯金など自己の財産についての細かい分け方を指定する遺言を行う能力はなかったと考えられるでしょう。
●遺言の内容が公序良俗に反する
本人に意思能力がある状態でも、遺言の内容が不倫関係を継続させることを目的とするなど公序良俗に反する場合には、遺言は無効になります。
●遺言の内容に「要素の錯誤」があったこと
遺言の内容について、その錯誤がなかったならば、本人はそのような遺言をしなかったであろうと考えられ、かつ、一般人もその意思表示をしなかったであろうと考えられるほどに重要な点に、真意と異なる内容がある場合には、遺言が無効と判断されます。
●周囲が遺言を偽造・変造した
本人が有効な遺言書を作成したとしても、同居の親族などが遺言書を書き換えたら、書換え後の遺言は無効です。また、本人が遺言書を作成できる程度の意思能力を残していても、本人が遺言書を書いていないのに周囲が勝手に本人名義の遺言書を偽造すれば、その遺言は無効です。
本人が認知症の場合、本人が遺言書を適切に管理できないので、同居の親族などが遺言書を偽造したり変造したりするケースがあります。たとえば、本人が文字を書けなくなっているのに遺言書が残されている場合などがあります。その場合には、偽造や変造の事実を裁判で証明することにより、遺言が無効であると判断されるでしょう。
●遺言の方式を満たしていない
遺言には厳格な方式が定められています。特に本人が全文自筆で作成する「自筆証書遺言」の場合、方式を満たしておらず、遺言が無効になる例があります。明確な方式違背は遺言書を見ると明らかなので、比較的容易に立証できるでしょう。公証役場で公証人に作成してもらった「公正証書遺言」でも、件数は少ないものの、遺言の方式を満たしておらず無効と判断された裁判例もあります。
ただし、軽微な誤りである場合には、できる限り無効としない方向での解釈が許される場合もあります。
●詐欺・強迫による遺言の取消し
無効になる場合とは異なりますが、次のようなケースでも遺言の効力を否定することができます。
すなわち、認知症の親と子の家族が同居している場合などには、子やその配偶者などの親族によって詐欺や強迫が行われ、父母の意思に反して無理やり遺言書を書かせるケースがあります。
その場合、詐欺や強迫の事実を証明することによって、遺言を取り消すことができます。
認知症の親が残した遺言が無効ではないかと疑われる場合には、裁判所で遺言が無効であると確認してもらう必要があります。
そのためには、遺言無効確認調停を申立て、そこで調わなければ、遺言無効確認訴訟を提起しなければなりません。
実際に裁判所で遺言無効確認訴訟により、認知症の父(又は母)のした遺言の無効を求めるにはどのようにすればよいのか、裁判の流れをご説明します。
遺言無効確認調停とは、家庭裁判所で裁判官、調停委員の関与のもと、遺言書の有効性について他の相続人と話し合うための手続です。遺言が無効であることについて関係者による話合いが折り合わなければ、まずは遺言無効確認調停を申し立てなければなりません(家事事件手続法257条1項)。これを調停前置主義といいます。
遺言無効確認調停における話合いで、相手が遺言を無効とすることに納得すれば、遺言が無効であると確認されます。
相手が納得しない場合には、調停は不成立となります。
なお、多くの場合、無効原因について関係者の間での話合いが調わないからこそ裁判手続を利用するに至っているため、当初から遺言無効確認訴訟を提起しても、裁判所の判断で調停に付さずにそのまま訴訟が行われることもあります(家事事件手続法257条2項但書)。
遺言無効確認訴訟とは、遺言が無効であることの確認を裁判所に対して求める手続です。遺言無効確認調停が不成立となった場合には、遺言無効確認訴訟を提起できます。
遺言無効確認訴訟は、家庭裁判所ではなく地方裁判所に提起します。
被告(訴訟の相手方)は遺言が有効であると主張している相続人や受遺者ですが、遺言執行者が指定されている場合には、遺言執行者を被告とします。
遺言無効確認訴訟では、遺言が無効となる原因事実を主張、立証しなければなりません。具体的な無効原因は、上記1をご参照ください。遺言の無効原因を立証すると、判決によって遺言が無効であることを確認してもらえます。そうなると、遺言は効力を有しないので、法定相続人や受遺者などが遺産分割協議を行い、遺産を分けることが可能となります。
なお、遺言無効確認訴訟には時効がありません。遺留分減殺請求などとは異なり、いつまででも提訴することは可能です。しかし、時期が遅れると無効であることの証明が難しくなりますし、取り戻すべき相続財産が失われてしまう可能性が高まるので、遺言が無効であると考えるなら、早めに裁判手続をとるべきです。
遺言無効確認訴訟の審理では、当事者(遺言の無効を主張する側と有効であると主張する側)がお互いに主張と立証活動を行います。
このとき、父(又は母)の認知症の程度がひどいなどの理由で遺言が無効であると証明できれば、判決で遺言を無効と確認してもらえます。
たとえば遺言能力の欠如を理由として遺言が無効であることを立証する際には、遺言書の記載内容、手元のカルテや診断書などの資料、証人尋問の結果などが証拠となりますし、裁判所からの「文書送付嘱託」という手続によって、入院先の病院や施設から医療記録を取り寄せるケースもあります。
残された遺言書が自筆証書遺言の場合には、筆跡鑑定が行われる可能性もあります。
すべての主張と立証が終わったら、裁判所が判決を下します。
判決によって遺言が無効であると確認されたら、遺言書は効力を有しないものとして扱われます。
判決で遺言が無効と確認されたら、その後、相続人や受遺者らは遺産分割協議を行って相続財産の分割方法を決定しなければなりません。遺言が無効になっても相続財産の分割方法は決まらないので、どうやって遺産を分けるかは改めて話し合わないといけないのです。
遺言無効確認調停の申立て、同訴訟の提起を行うと、すべての相続手続が終了するまでに相当長い時間がかかります。
遺言無効確認訴訟は、簡単な裁判ではありません。
勝訴するためには、綿密な準備と法的に適切な主張・立証が必要です。
たとえば、遺言能力の欠如を理由とする遺言の無効を求める場合、提訴前に、以下のような資料をそろえましょう。
亡くなった父や母にすでに遺言能力が失われていたために遺言が無効であると主張するならば、遺言当時の被相続人の状態を立証する必要があります。
当時の家族による看護記録、要介護認定の記録などの資料を探し出し、病院からは医療記録(カルテ、診断書)や看護記録、介護施設からは介護記録を取り寄せましょう。
要介護認定を受けたときに主治医に意見書を作成してもらった場合にはその意見書の控えを探し出し、認定調査票などの資料もあれば用意すべきです。
また、意思能力の程度をはかるには「長谷川式簡易知能評価スケール」という指標が有効です。これは、認知症の有無や程度を点数によって判断するための指標です。
30点満点で、一般的には21点以上が正常、20点以下は認知症の疑いがあるとされ、点数が低くなるほど認知症の程度が高いとされます。
この長谷川式簡易知能評価スケールで低い点数になると、遺言能力が疑わしいとされ得るので、裁判でも有効な資料となります。
認知症の方が遺言をした場合、遺言者と同居していた家族などが遺言を偽造したことが疑われるケースもあります。
その場合には、遺言書が本人以外の者によって書かれた事実の証明のため、筆跡鑑定を行います。筆跡鑑定のためには、被相続人が実際に書いた文字と遺言書の文字を比べる必要があるので、提訴前に、被相続人が文字を書いた書類を探しておきましょう。
自分たちで訴訟前に筆跡鑑定依頼を出して鑑定評価書をもらっておけば、それを証拠として裁判所に提出することも可能です。
遺言無効確認訴訟に勝訴すれば、遺言は無効であると判断してもらえますが、その後自分たちで遺産分割協議を行い、遺産分割協議書を作成して相続財産の分割をしなければなりません。
このとき、遺産の分け方や評価方法などの点で、相続人間で再度争いになることも多いです。また、相続の開始を知った時から10ヶ月以内に相続税の申告納税を行うことも必要です。
ベリーベスト法律事務所では、弁護士と税理士が提携して遺産相続業務にあたっており、遺言の無効確認や遺産分割協議、相続税の申告納税までワンストップで対応を進めております。
遺産相続関係でお困りの場合には、ぜひとも一度、ご相談ください。
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
自筆証書遺言は、偽造や変造のおそれがある点が大きなデメリットといえます。
万が一、誰かしらに遺言書が偽造された場合、その遺言書に基づいて遺産分割がなされてしまうと不公平なものになってしまうおそれがあるでしょう。
その際は、適切な手続きを踏んで遺言の無効を争うことになります。
本コラムでは、遺言書の偽造が疑われるときの対処法や刑事罰、損害賠償請求などについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
会社経営者にとって、後継者への事業承継が視野に入ってくると、気になるのは「後継者や家族にどうすれば円満に財産を引き継げるか」ということでしょう。
事業承継が絡む遺産相続は、家族だけの問題ではなく、会社の取引先や従業員にも大きな影響を及ぼす可能性があるため、慎重に準備を進める必要があります。
特に会社経営者がトラブルのない遺産相続を実現するには、遺言書を作成しておくことが重要です。
本コラムでは、会社経営者が遺言書を作成すべき理由や、作成時のポイントなどについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
遺言書は、亡くなった方(被相続人)の意思が書かれたものなので、有効な遺言書があればそのとおりに遺産を分けなくてはなりません。遺産は元々亡くなった方の所有物だったことから、その処分も亡くなった方の意志に従うのが理にかなっているとされているのです。
しかし、「遺言書の内容に納得いかない」「遺言書を無効にしたい」「遺言書の内容を無視して遺産を分配したい」という相続人もいるでしょう。
まず、遺言書が存在していても、法律上効力を認められない遺言であるために、効果が生じない(無効になる)場合があります。法的に意味がないということは、そもそも遺言がされなかったということと変わらず、遺言書を無視して遺産分割を行うことに問題はありません。
遺言書が有効であったとしても、相続人全員で合意をすれば、遺言とは異なる内容の遺産分割を行うことが可能です。
本コラムでは、有効・無効な遺言書の見分け方や、有効な遺言書があっても遺言書の内容と異なる内容の遺産分割をしたい場合の対応について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。