遺産相続コラム
「できれば相続したい財産があるけれど、借金は相続したくない…」そのような場合には、「限定承認」という手続きが効果的です。
ただし、限定承認にはデメリットや注意点もあるので、利用する際には慎重な検討と適切な判断が必要です。
本コラムでは、限定承認のメリットデメリットや手続きの流れ、注意点などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
限定承認は、被相続人の財産も債務もすべて引き継ぐが、相続財産の範囲でのみ負債を返済する責任を負うというものです。
限定承認をするときには、相続財産から債権者や受遺者などへの必要な支払いをして、清算を行います。その結果、残った財産があれば相続しますが、残った財産がなかったり、財産がマイナスになったりしたときには相続しません。
そのため、限定承認をすると、相続財産が全体としてプラスであればプラス部分を相続できますが、マイナスになったときには負債を相続しなくても良いという結果になります。
●単純承認との違い
限定承認と単純承認の違いは、限定承認の場合、相続財産を超える債務を引き継がないで済むという点にあります。
単純承認をすると、遺産の内容を問わずすべての相続財産を相続しますので、相続財産の中に負債が含まれていた場合には、負債も相続の対象になってしまいます。そして、被相続人の財産が資産よりも債務の方が多い債務超過の状態であれば、相続人は自分の財産から負債を返済する必要があります。
これに対して、限定承認であれば、被相続人が債務超過の場合には、被相続人の財産の範囲で債権者等に弁済をすればよく、相続人は自分の財産からは負債の弁済をせずに済みます。
●相続放棄との違い
限定承認と相続放棄との違いは、限定承認の場合、相続財産のうち資産から負債を引いて全体としてプラスになった場合には、プラス部分の財産を受け取れることです。
相続放棄の場合には、相続財産の内容を問わず相続権そのものを放棄してしまうので、相続財産がプラスであっても相続人は相続財産を一切受け取ることができません。これに対し、限定承認の場合には、相続財産の清算終了後に資産があれば、その分を受け取ることができます。そこで、相続財産の内容が定かではなく、負債を資産が上回っている資産超過である可能性があるケースでは、相続放棄よりも限定承認が相続人にとって有利な相続方法となる可能性があります。
限定承認が有効になるのは、以下のような場合です。
まずは、被相続人の資産状況が不明で、債務超過になっているどうかがわからない場合です。このようなときに、相続人が安易に単純承認をしてしまうと、実は被相続人の資産状況が債務超過だった場合には、相続人は相続人自身の財産で債務を返済しなければなりません。
他方で、被相続人の資産状況が不明なときに、相続人が相続放棄をすると、実は資産が負債を上回っている資産超過であることが判明しても、相続人は被相続人の資産を一切相続できず、損をしてしまいます。
このような場合に、相続人が限定承認の相続手続きをとれば、被相続人の資産状況が、債務超過であれば負債を相続せずに済みますし、資産超過であればプラスの遺産を受け取れるので、相続人が限定承認をする大きなメリットがあるといえます。
事業や家業を継ぐケースでは、相続人としては「相続した事業の範囲でならば負債を負担しても良い」と考えることがあります。そのような場合に、相続人としては、限定承認をして、負債が超過しない範囲で相続をすることが考えられます。
遺産相続をするとき、どうしても守りたい財産があるなら限定承認が有効です。
限定承認において相続人には、「先買権」という権利が認められるからです。
先買権とは、取得したい遺産があるときに、相続人が対象遺産の評価額を支払うことによってその財産を取得できるという権利です。
たとえば、相続人が被相続人名義の家で被相続人と同居していた場合、相続放棄をすると自宅不動産を取得することは不可能になります。かといって、単純承認により被相続人の借金をそのまま相続したくないというケースもあるでしょう。
そのようなときには、限定承認の「先買権」によって、家を守れる可能性があるのです。
ただし、先買権を行使するためには遺産の評価額を支払わねばならないので、ある程度の資力が必要になることが多いです。遺産の評価は「相続財産管理人」が選定した鑑定人が行います。
限定承認にはメリットだけではなくデメリットもあるので、正しく理解しておきましょう。
●プラス財産を承継できる
限定承認の1つ目のメリットは、プラスの相続財産を相続できる可能性があることです。
相続財産の中に負債があった場合、一般的には相続放棄か限定承認によって対処することになりますが、相続放棄をすると、プラスの相続財産も一切受け取れなくなってしまいます。そのため、相続財産の内容を詳細に調査したところ、実は資産超過であったことが判明しても、資産を受け取れず相続人にとって損失となってしまいます。
限定承認であれば、遺産を清算した後に全体として相続財産がプラスになっていれば、そのプラス部分の相続財産を受け取ることができるので、相続人にとって限定承認を行うメリットが大きくなります。
●借金を承継しない
限定承認の場合、相続人は被相続人の資産を上回る借金を承継しないで済むことが2つ目のメリットとなります。
遺産の中に相続財産を上回る借金がある場合、相続人が単純承認すると相続人は相続債権者に対して自身の財産で被相続人の借金を返済しないといけないので、相続人には大変な不利益が及ぶことになります。
しかし、限定承認の場合、相続財産が全体としてマイナスになった場合には借金を相続財産の範囲でのみ支払えばよいので、相続財産を超える借金を自らの財産で返済する必要はありません。
限定承認にはデメリットもあるので、注意が必要です。
●共同相続人全員で手続きする必要がある
1つは、共同相続人全員が家庭裁判所に「限定承認の申述」をしなければならないことです。
相続人のうち一人でも単純承認をしてしまった場合には、他の相続人は限定承認をすることができなくなります。意見が異なる相続人がいる場合や、相続人の相互の連絡や協力が難しいケースでは、限定承認はできません。
●時間と手間がかかる
限定承認には、かなりの時間と手間がかかります。
まずは家庭裁判所へ限定承認の申述をした後、相続財産管理人が選任され、官報での公告を行ったうえで、債権者への配当や受遺者への遺贈を行い、最後にようやく余った遺産があるかどうかが判定されます。
遺産に余りがあれば相続人が受け取りますが、複数の相続人がいる場合には、相続人間であらためて遺産分割協議をしなければなりません。
相続放棄すれば1ヶ月で終わる相続手続きが、限定承認の場合1年、もしくはそれ以上の期間が必要になる可能性もあるのです。
●譲渡所得税がかかることがある
限定承認をすると、不動産を相続したときに「みなし譲渡所得税」という税金がかかる可能性があります。
単純承認の場合には、所得税法60条1項1号により被相続人の不動産の取得の時期等のすべてを相続するため譲渡所得税は発生しません。これに対し限定承認によって不動産を取得した場合には、所得税法59条1項1号により相続の時点で被相続人から相続人へと「不動産の譲渡」があったとみなされるので、譲渡所得税がかかるのです。
よって、遺産の中に不動産が含まれている場合には、限定承認するとみなし譲渡所得税が課税される可能性があります。
限定承認を検討するとき、相続開始後にどのように手続きを進めたら良いのか、説明します。
相続が開始したら、まずは戸籍を取り寄せ相続人の調査を行って誰が法定相続人になるのかを確認します。
限定承認をするためには共同相続人が全員「申述人」にならないといけないので、正確に相続人を明らかにする必要性があるためです。
相続人の調査が済んだら、被相続人の財産と負債の調査を行いましょう。
それぞれどのくらいあるのか評価額を調べて、資産超過の見込みが高いのか、債務超過の可能性が高いのかを見極める必要があります。
限定承認を希望するのであれば、共同相続人全員に対して連絡し、限定承認制度についての説明と説得を行い、全員が限定承認を行うことに同意をする必要があります。限定承認は、法定相続人全員が共同して申述する必要があるためです。
他の相続人が納得したら、限定承認の申述書と相続財産目録を作成しましょう。
これらについては、家庭裁判所のウェブサイトに書式と記入例があるので、参照すると作りやすいです。
相続の限定承認の申述書(裁判所のホームページ)
また、戸籍謄本などの必要書類も収集しましょう。
限定承認は、原則として相続開始を知ったときから3ヶ月の期間内に行う必要があります。もしもやむを得ない事情によってどうしてもその期間内に手続きができない場合には、「熟慮期間延長の申立て」をすることにより、期間を延ばしてもらえる可能性があります。
ただし、延長してもらえるのは相続財産が複雑で相続人が海外に居住しているなど、延長の必要性がある場合に限られます。
熟慮期間延長の申し立てをしたからといって安心せず、早めに限定承認の準備を進めてできる限り3ヶ月以内に手続きした方が安心です。
限定承認を行うときには、以下のような点に注意が必要です。
まずは、「期間」に注意が必要です。
限定承認は、いつまででもできるわけではありません。「自分のために相続があったことを知ってから3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述書を提出する必要があります。「自分のために相続があったことを知った」というのは、基本的には「相続開始を知った」ときを意味します。そこで、被相続人の死亡を知ってからその後3ヶ月以内に、他の相続人と足並みをそろえて申述手続きをしないといけないので、時間的にかなりタイトです。
また、相続税の納税期限についても意識しておく必要があります。
限定承認をすると、相続財産の清算手続きが必要となり、数ヶ月の期間を要します。
一方相続税は、相続開始後10ヶ月以内に申告と納税の両方を行っておく必要があります。
そこで、限定承認で遺産相続したら、すぐに税額を計算して相続税の発生の有無を確かめ、相続税が発生するならばその申告をしなければなりません。
また、みなし譲渡所得税が発生する場合には、基本的に相続開始後4ヶ月以内に準確定申告を行う必要があります。
限定承認をするときには、相続人全員による合意が必要です。連絡が取れない相続人や非協力的な相続人、意見が合わない相続人がいたら限定承認は諦めて、相続放棄を検討する方がよいかもしれません。
それでも、限定承認を行いたいのであれば、負債の存在の判明後すぐに他の相続人に連絡をし、限定承認に向けての説得作業を始めるべきです。
限定承認は、数々のデメリットと注意点があるので実務上、あまり多くは利用されていませんが、相続人に債務があるものの残したい財産がある場合などには効果的な制度です。
煩雑な手続きが必要になりますから、限定承認を成功させるためには法律の専門家である弁護士のサポートを受ける必要があります。
ベリーベスト法律事務所には、遺産相続に関する知見豊富な弁護士が多数在籍しておりますので、負債の相続問題でお悩みの際は、お気軽にお問い合わせください。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
被相続人(亡くなった方)の遺産を相続したくないけれど、どうしたらよいのか分からないとお悩みの方もいるでしょう。検索すると、「相続放棄」や「財産放棄(遺産放棄)」といった言葉が出てくるものの、それぞれどういうことなのか分からず、進め方も分からないという方も多いのではないでしょうか。
「相続放棄」と「財産放棄(遺産放棄)」はその名前は似ていますが、まったく異なるものです。被相続人の遺産を相続しない場合、それぞれの効果を踏まえて適切な手続き方法を選択しなければ、思いもよらぬトラブルに発展してしまうことがあります。
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親が亡くなり、実家を相続することになっても、価値がなかったり遠方に居住していたりして、子どもである自分が活用も管理もできそうにない……。
そのようなお悩みを抱えているときに、選択肢のひとつとして、「相続放棄」を検討している方もいるでしょう。ただし、相続放棄をしたとしても空き家の管理義務が残る可能性もあり、すべてをきれいに解決できるとは限らないため、空き家の相続対応には注意が必要です。
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何らかの理由で、生前に相続放棄をしておきたい、または相続人に相続放棄を求めたい、と考える方もいるでしょう。
たとえば、後の相続トラブルに巻き込まれないように事前に相続放棄をしておきたい、と思ったり、高齢になって再婚するときに、自分の子どもに財産を残せるよう再婚相手に相続放棄をしてほしいと思ったりすることもあるかもしれません。
しかし、被相続人(亡くなった方)の生前に相続放棄をすることは認められていません。この場合、被相続人に遺言書を作成してもらうだけでなく、遺留分の放棄も行うことによって対応する必要があります。
この記事では相続放棄と遺留分放棄との違い、そして勘違いされやすい相続分放棄との違いについて、注意点を交えながらベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。