遺産相続コラム
相続財産のうち大きな比率を占める傾向にある資産が、不動産です。
不動産は個別性が強く、現預金などに比べて分割しにくいことから、遺産分割協議でトラブルに発展しやすい資産です。特に被相続人がアパートやマンションなどの賃貸物件を所有している場合は、相続が発生したあとに見込まれる家賃の分配が問題になったり、賃貸物件について収益性も考慮にいれてその価値を評価したり、場合によっては遺産分割の際に、賃貸物件を売却し金銭化して分割することも視野に入れておくべきケースもあります。
そこで本コラムでは、これから賃貸物件を相続する人に想定されるトラブルなど、遺産分割方法をはじめとする相続手続きおよび注意点について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
自宅として使用する居住用物件(自用地)と投資用の賃貸物件に物理的な違いはなく、その用途により区別されます。用途により区別される場面として例を挙げると、たとえば、物件を購入する際に借り入れをする場合のローンの種類です。住宅ローンと比較して投資用のローン(アパートローンやプロパーローン)は審査が厳しく、金利も高めに設定されています。また、物件価格の査定方法も異なり、一般的に投資用の賃貸物件のほうがやや高くなる傾向があります。
居住用物件と賃貸物件では、相続税を計算するときの基準となる「相続税評価額」にも大きな違いが生じます。
相続税評価額は、現預金や有価証券というような金融資産に対しては時価が適用されます。一方、不動産の相続税評価額は国税庁が定める路線価などをベースに、地形や構造などそれぞれの不動産がもつ個別性を考慮して計算されます。具体的な、不動産の相続税評価額の算出方法は、国税庁が「財産評価基本通達」を定めています。
不動産の相続税評価額は、居住用物件であろうと賃貸物件であろうと一般的に時価よりも低くなります。さらに賃貸物件であれば、地域にもよりますが居住用物件と比べて土地は時価の20%から40%、建物は時価の50%程度低くなることがあります。これが、資産は現預金で保有しているよりも賃貸物件、遊休不動産(空き家等)はマンションやアパートなどの賃貸物件にしたほうが相続対策として有効といわれる理由です。
被相続人が金融機関からの借入れによって賃貸物件を購入することは、相続対策の一環として近年よく見られます。相続が発生した後、賃貸物件のローンの残債務の有無などを確認するために、以下の点を確認することが大切です。
ローン等の残債務の金額が相続財産の範囲内であれば相続を単純承認(資産・負債いずれも相続すること)し、引き続き、ローンを返済し続けるために、金融機関へ連絡すればよいでしょう。
他方、相続する総資産よりもローン等の残債務の額が大きい場合は、差し引きで実質的には債務だけを相続することになりかねません(この場合も、アパートやマンションなどの不動産を相続することができますが、その不動産の価値を上回る金額の債務を負うことを指して、実質的には債務だけを相続すると表現しています)。このような場合、家庭裁判所に相続放棄(資産・負債など相続に関する一切の権利を放棄する)の申述も視野に入れなければなりません。
なお、民法第919条の規定により一度行った相続放棄は撤回することができませんので、相続放棄を選択する場合は、慎重に検討する必要があります(すなわち、仮に相続放棄をした後、自分が認識していない相続財産が発見されても、一度した相続放棄は撤回できないため、その財産を相続により取得することはできないということになります)。
遺産分割協議とは、被相続人の遺産(相続財産)について「誰が・何を・どのくらいの割合」で相続するのか、相続人どうしで話し合いのうえ決定することです。遺言書が存在しない場合には、遺産分割協議を法定相続人全員で行う必要があります。
遺産分割協議が成立したら、その合意内容をまとめた「遺産分割協議書」を速やかに作成しておくことが大切です。遺産分割協議書の作成は、法的に義務付けられているものではありません。しかし、遺産分割協議書は遺産分割手続きや相続税の申告・納付の場面で金融機関や法務局、税務署などから提示を求められることがあります。
また、後日の相続財産を巡る紛争を防止する観点からも、遺産分割協議書は作成することが非常に重要になってきます。遺産分割協議書を作成していないことが原因で紛争になった場合、仮に以前遺産分割協議をして遺産分割の内容について合意していたとしてもその合意を立証することは難しいと認識しておいた方がよいでしょう。
参考:遺産分割協議の基礎知識
ⅰ 遺産分割終了後の賃料について
相続発生後に賃貸物件から生じる賃料は、遺産分割が終わるまでは一時的に相続人全員の「共有財産」となります。そして、当該賃貸物件を相続する人が確定した時点(遺産分割終了時点)から、当該賃貸物件を相続する人が当該不動産から生じる賃料を受け取ることになります。
ⅱ 相続開始時(被相続人死亡時)から遺産分割終了までの賃料について
では、相続開始時から遺産分割終了までの賃料は、誰が取得するのでしょうか。
この点については、判例(最判平成17年9月8日)があります。最高裁は、概ね次のような判断をしています。
以上を、わかりやすくいうと、相続開始から遺産分割までの間に生じた賃料は、遺産には含まれず、各共同相続人がその相続分に応じて取得する者であって、後になされた遺産分割の効果は受けないということになります。
つまり、賃料債権は、不動産を相続する者が取得できるものではなく、法定相続人が法定相続分に従って取得することになるのです。
仮に、相続開始から遺産分割協議の成立までの間に、法定相続人のうち一人が単独で、賃料を受け取っていた場合には、遺産分割協議(調停や審判)の手続とは別に、不当利得返還請求等に関する訴訟を別途検討する必要が出てきます。
もっとも、賃料について遺産分割協議で何も決めなかった場合には、上記のように判断するということなので、遺産分割協議の成立までに多くの時間がたち、相続開始から遺産分割までの期間が長くなった場合には、賃料についても遺産分割の対象の一部として協議し合意しておくことが、後の新たな紛争を避ける意味でも適切であると考えられます。また、合意によって、当該賃料を不動産取得者に帰属させることはもちろん可能です。
相続した賃貸物件の名義人、つまり所有者を被相続人から相続人に変更することを、一般的に「相続登記」と呼んでいます。相続登記は相続人に対して義務付けられているものではありません(令和2年5月現在)。
しかし、被相続人の名義のままでは不動産の売買ができないこと、時間が経ってから相続登記をしようとしても他の法定相続人の協力が得られず相続登記の手続きが煩雑となること、将来、他の法定相続人との間で新たな法的紛争の火種になりうること、賃貸人の地位の移転は一定の賃貸物である不動産についての所有権の移転の登記をしなければ、賃借人に対抗することができなくなること(民法605条3項参照)など、早期に相続登記をしなかったことにより発生するデメリットは少なくありません。したがって、遺産分割協議で当該物件を相続する人が決定したらすみやかに相続登記を行う必要があります。
相続登記は相続人により、相続する賃貸物件が所在する地区を管轄する法務局宛てに申請します。相続登記を申請する方法は、「窓口申請」「オンライン申請」「郵送申請」の3つ方法がありますので、ご自身にとって便利な方法を選ぶといいでしょう。
手続に必要な詳しい書類等については、下記の法務局のHPをご覧ください。
手続きの流れ
申請書様式について
被相続人が賃貸物件にかけていた火災保険や地震保険などは、故人の名義で契約されているケースが多いです。保険会社に連絡をして、諸々の確認とともに内容を変更したり、契約をし直す必要があります。上記手続きをとっていなかったことが原因で、いざというときに保険金が受け取れないということがあっては大変なので必ず確認しましょう。
また、オーナーが相続人に変更されたことを賃借人(借主)に告知する法律上の義務はありませんが、家賃が振り込みの場合には新たな振込先を知らせたり、今後の関係性を良好に保つ意味でも簡単な通知をしておくとよいでしょう。賃借人や管理会社に対して、賃貸人が変更になった旨を連絡をしたうえで、賃料の支払い先の変更を依頼しましょう。
また、賃貸借契約の内容もしっかり確認しておきましょう。賃貸借契約に付随して、賃借人から敷金を預かっていた場合には、その敷金は今後賃貸借契約が終了した際に賃借人に返還しなければならない可能性があり、相続税申告時にも債務として控除して計算できる可能性がありますの、その内容は十分に確認しましょう。
築年数が古い賃貸物件は、そのぶん固定資産税が安くなるメリットがあります。しかし、税務上の残存耐用年数(たとえば、木造22年、鉄筋コンクリート造47年など)を超えるほど古くなった賃貸物件は減価償却費を計上できなくなくなることはもちろんのこと、築浅の賃貸物件と比べ賃料収入が低くなってしまうこと、さらに修繕費の追加コストが発生するということ、などのデメリットが発生します。
あまりにも古くなった賃貸物件は、相続したあとに収益以上の大きな出費が生じる可能性もあります。収益性向上のために大規模なリノベーションや建て替えをする、あるいは売却するなど、相続後を見据えた対策が必要です。
不動産の共有名義とは、その不動産を相続人の数とそれぞれの相続割合に応じた持ち分という形で共同所有することです。一見すると公平な相続に思えますが、相続したあとトラブルになりやすい相続の方法でもあるのです。
民法では、共有する賃貸物件など不動産の売却や建て替え、抵当権や質権の設定、修繕などを行うときは、原則として共有者全員の合意を必要とすると定めています(民法第251条)。これは相続した賃貸物件を共有するときも同様です。共有者の意見がまとまらない場合、訴訟手続きまで発展するリスクもあります。
また、相続発生時の共有者が死亡し、それぞれの相続人が新たな共有者となるような相続が繰り返されていくと、世代交代が進むにつれてより複雑な権利関係になっていきます。
いずれは、お互いによく知らない遠い親戚どうしでひとつの不動産を共有しているという事態に陥るなど、トラブルが生じる可能性がより高くなります。
後々の世代のことを考えるのであれば、共有による相続は避けることをおすすめします。
公平な分割が難しい賃貸物件については、一度相続したうえで売却し、その売却代金を相続割合に応じて分ける、いわゆる「換価分割」を検討することも選択肢のひとつです。その際の注意点について、以下でご紹介します。
不動産を売却するためにかかる費用のことを、「譲渡費用」といいます。一見費用というと金額をできるだけ少なくした方がよいようにも思いますが、後述する譲渡所得への課税にも関わるので、できるだけ計上したいところです。しかし、かかった経費がすべて認められるわけではありません。
国税庁のHPによれば、令和2年4月現在以下の費目が税法上の譲渡費用と認められている主な費目として認められています。
譲渡費用の主なものは次のとおりです。
以上に挙げられている費目のように、税法上、譲渡費用として認められているのは物件売却の際に、直接かかった費用で、修繕費や固定資産税などの資産の維持や管理にかかった費用などは認められません。
換価分割の目的のために相続人の代表者が単独で相続登記を行い、その後売却代金を代表して受領し、その後他の相続人に分割したとしても、相続人の代表から他の相続人に対する売却代金の分割をとりあげて、贈与税が課せられるといった問題はありませんのでご安心ください。
不動産を売却することによって得た譲渡所得は、以下のとおり計算されます。所得金額は、所得税・住民税の課税対象になります。
・課税譲渡所得=譲渡収入の金額-(取得費+譲渡費用)-特別控除額
不動産を譲渡することによって得た正味の収入のことを、譲渡収入といいます。その譲渡収入から、取得費や譲渡費用などを控除した差し引きの所得のことを、譲渡所得といいます。また、取得費とは、譲渡した不動産を購入したときの価額、建物を建築したときの価額から減価償却累計額を差し引いた価額、および仲介業者への仲介手数料など、譲渡した不動産を取得するために要した金額のことです。
もっとも、相続した不動産の場合、取得費が不明であることは多いです。このような場合は、譲渡収入の5%相当額をみなし取得費とすることが認められています。
この譲渡課税所得に所得税と住民税の税率がかかり税額が決められるのですが、不動産の売却で生じた「譲渡所得」に関しては、他の所得と合算しない分離課税方式となっています。さらに、その不動産の所有期間によって課税の割合が変わりますので注意が必要です。
あくまで、上記税率は、令和2年4月現在のものになるので、記事を閲覧された時期によっては、税率が変わっている可能性がございます。かならず、現在の税率を確認するようにしてください。
これまで説明したように、賃貸物件を相続するためには専門的知識を要する複雑な手続きが必要です。これを相続人だけで行い、また、こじれないようにスムーズに進めることは、非常に困難をともないますし、相続人の皆さんにとっての負担も非常に大きいものになります。したがって、不動産の相続関連の手続きは可能な限り専門家に任せることが賢明ではないでしょうか。
賃貸物件の相続について、問題が発生する前に弁護士に相談することをおすすめします。相続全般において経験と知見のある弁護士であれば、相続人に代わって資料の収集をするだけではなく、相続のコーディネーターとして税理士や土地家屋調査士、司法書士などの専門家への橋渡しを行います。また、万一トラブルが発生したとしても、依頼者の代理人としてトラブルの相手方と交渉を行うことができます。
ベリーベスト法律事務所では、相続全般に関するご相談を承っております。賃貸物件の相続などでお悩みの際は、ぜひご連絡ください。
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
兄弟のうち、ひとりだけが生前贈与を受けて、土地などの不動産や現金を取得していることがあります。生前贈与を内緒にしていたことに対して、他の相続人は「自分の取り分が少なくなることに納得できない」と、憤りや不公平に感じるケースがあるでしょう。
一定の相続人は、「遺留分」と呼ばれる相続財産の最低限の取り分が民法上、認められています(民法1024条)。
したがって、自分の最低限の相続財産を侵害された場合には、遺留分を主張することで適切な相続分の支払いを請求することが可能です。
本コラムでは、遺留分や生前贈与の基本的な知識をはじめ、特別受益や遺留分侵害額請求の具体的な手続きの流れになどついて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
自分以外の相続人による「遺産隠し(財産隠し)」が疑われるときは、被相続人(亡くなった方)の隠されたすべての財産を調査し、発見したいと考えるでしょう。
また、遺産分割協議が終わったあとに特定の相続人による遺産隠しが発覚した場合、遺産分割協議のやり直しができるのかも気になるところです。
相続人による遺産隠しが行われたとき、一気にすべての相続財産を探すことができる特別な方法はありません。預貯金、土地建物などの不動産、株式などの有価証券など個別の相続財産を相続人が根気よくコツコツ探していくことが必要です。
本コラムでは、遺産を隠された疑いがあるときの調査方法や、遺産隠し発覚後の対応方法、時効などの注意点について、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
遺言無効確認訴訟とは、被相続人(亡くなった方)による遺言が無効であることについて、裁判所に確認を求める訴訟です。
遺言書の内容に納得できず、遺言書が作成された経緯に不適切な点や疑問点がある場合には、遺言無効確認訴訟の提起を検討しましょう。
本記事では遺言無効確認訴訟について、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が詳しく解説します。