遺産相続コラム
被相続人(亡くなった人のこと)の相続が発生し、相続財産が手に入ると思っていたら、実は被相続人に巨額の借金があり債権者から返済の請求を受けてしまった……。このような事例は、決して少ないわけではありません。
被相続人に借金がある事実や、相続放棄のように借金を相続せずに済む方法を知らずに借金を相続してしまうと、場合によっては、自身の生活が破綻に追い込まれかねません。
そのような事態を防ぐためにはどうしたらよいのでしょうか。今回は、被相続人の相続財産に借金があった場合にとるべき相続対策のひとつである相続放棄等について、ベリーベスト法律事務所の弁護士がご説明します。
民法896条では、相続の一般的な効力として「相続人は、相続開始のときから、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。」と定めています。
ここでいう権利には、被相続人が遺(のこ)した預貯金や不動産、あるいは貸付金や売掛金のような債権などプラスの財産(積極財産)が含まれます。一方で、義務とは被相続人が支払い義務を負っていた借金や買掛金、未払い金、限度額や保証期限のない根保証以外の保証債務などマイナスの財産(消極財産)が含まれます。
つまり、債務者が亡くなった場合に、相続人がなにもしなければ、「その相続人は原則として借金などの消極財産も相続する」ことになるのです。
そして、借金を相続すると相続人は被相続人の債権者(「相続債権者」)に債務弁済の義務を負うことになります。相続人が複数いる場合は、原則として、法定相続分の割合で分割された債務を各相続人が相続し、弁済の義務を負います。ただし、相続債権者が同意する場合には、被相続人が遺言で指定した相続分や遺産分割協議で定めた割合による分割された債務を負うことも考えられます。
なお、「被相続人の一身に専属したもの」とは、生活保護受給権や離婚請求権などのように、相続人を含む被相続人以外の人に帰属することが適当でない権利をいいますが、借金はこれにあてはまりません。
相続が発生した場合、被相続人が残した相続財産に対して相続人が取り得る選択肢として、「相続放棄」、「限定承認」、「単純承認」の3つが考えられます。以下でこれら3つのパターンを詳しくみてみましょう。
もし積極財産よりも消極財産が多い場合、これを無条件で相続すると相続人は借金などの債務を背負うことになってしまいます。
そこで、民法では、相続放棄という、相続人が遺産を相続する権利の一切を放棄し「何も相続しない」制度を設けています。
民法第939条は、相続放棄をした者は、「その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす」と規定しています。つまり、相続放棄をすれば最初から相続人そのものに該当しないことになるのです。
したがって、借金などの消極財産のほうが積極財産より多かったとしても、相続放棄することで弁済する必要はなくなります。
明らかに積極財産よりも消極財産のほうが多い場合、あるいは心情面などで相続そのものに関与したくない場合は、相続放棄が選択肢のひとつとなるでしょう。
民法第922条は「相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる」と規定しています。これが限定承認と呼ばれる制度です。
つまり、限定承認とは被相続人から相続する積極財産の範囲内で被相続人の消極財産についても相続するという、留保つきの相続のことです。相続人は相続債務に対して無限責任を負うことが民法の原則ですが、その例外規定のひとつが限定承認なのです。
相続する消極財産が積極財産を超過する場合は、限定承認をすることで、被相続人が遺(のこ)した借金など債務の弁済の原資を、同じく被相続人が遺(のこ)した積極財産に限定する有限責任に転換することができます。したがって、限定承認によって、相続とは関係のない相続人固有の財産が、被相続人の債権者(相続債権者)による取り立ての対象になることを回避できるのです。
積極財産の範囲内で消極財産の弁済が可能かどうか事前に判断がつかない場合には、限定承認が選択肢のひとつとなるでしょう。
単純承認とは、被相続人の権利義務を何らの限定なく包括的に承継することをいいます。
民法では、単純承認を原則としています。実際の相続においても、限定承認や相続放棄と比較すると圧倒的に単純承認が多いようです。
単純承認の成立要件には、相続人が積極的に単純承認の意思表示を示す場合のほか、相続人に民法第921条に定める行為があった場合に単純承認したものとみなす「法定単純承認」というものがあります。以下のような場合が法定単純承認に当たります。
なお、社会通念上相応と考えられる金額の範囲内であれば、被相続人の遺族として葬式費用を相続財産から支弁することは、法定単純承認には該当しないと考えられる場合があります。一方で、形見分けであっても、財産価値の高いものを受け取ると、法定単純承認に該当する可能性があります。
単純承認をすると、民法第920条にあるとおり、相続人は被相続人の義務つまり借金の返済等についても無限に承継することになります。そのため、相続財産は相続人固有の財産と一体化し、積極財産よりも消極財産が多い場合、相続人は相続債権者に対して相続財産に限らず相続人固有の財産からも弁済する義務を負うことになります。したがって、相続債権者は相続人固有の財産に対して強制執行することも可能になります。
このように、単純承認において相続人は大きな利益を受ける場合もあれば、著しく不利益を被る場合もあるのです。確実に消極財産よりも積極財産が多いと認められた場合に、単純承認を選択すべきでしょう。
相続放棄をするためには、民法第938条の規定に従い家庭裁判所に申述する必要があります。被相続人の生前に相続放棄を行うことは認められていませんので、一連の手続きは相続が発生してから着手することになります。
まず、家庭裁判所のホームページに掲載されている必要書類とともに、被相続人が生前最後に住んでいた住所地を管轄する家庭裁判所へ相続放棄をする旨を申述してください。この手続きは、郵送または家庭裁判所に赴くことで行います。
家庭裁判所が申述の受理する審判をすれば、相続放棄が成立し、「相続放棄申述受理通知書」が送られてきます。
また、「家事事件書類交付等申請書」に収入印紙を貼付し、申請者の本人確認書類を添付して、「相続放棄申述受理証明書」を取得しましょう。この手続きも郵送または家庭裁判所に赴くことで行います。
ここで注意していただきたい点は、家庭裁判所への申述は被相続人が亡くなったことを知ってから3ヶ月以内に行う必要があるということです。
なぜなら、民法第921条の規定により相続人が被相続人の相続発生を知ってから3ヶ月以内に限定承認または相続放棄をしなかった場合は、無条件で単純承認したとみなされてしまうためです。
相続開始を知ってからもうすぐ3ヶ月が到来しようとしている場合に、何らかの理由で承認するか放棄するかまだ判断できない場合、あるいは被相続人の借金について調査が終わっていない場合等、家庭裁判所に期間延長の審判を請求すれば、手続きの延長が認められることがありますので、事前に家庭裁判所に必ず相談しましょう。
また、相続発生後3ヶ月以上経過してから債権者からの督促により初めて被相続人が借金を抱えていたという事実を知ることもありえます。もし相続開始後3ヶ月経過後に初めて被相続人の借金が発覚した場合であっても、相続財産が全く存在しないと信じていたことについて相当の理由のあるときなど、借金の存在を知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所に申述することで、相続放棄が認められた事例もあります。もっとも、これは例外的な事例と考えられますので、まずは、しっかりと、相続開始を知ってから3か月以内に被相続人の財産状況を調査することが肝要です。
遺産分割協議で一切財産を受け取らないと表明し、それを明記した遺産分割協議書を作成しておけば、わざわざ家庭裁判所へ申述しなくても相続放棄と同じ効果を得られると考える方もいます。
しかし、この方法は民法第938条の定めを満たさず正式な相続放棄と認められません。したがって、法定相続分等に応じて、借金などの消極財産を引き継ぐことになってしまいます。
家庭裁判所に相続放棄を申述したあとで取り下げたい場合、受理の審判がされるまでの間であれば、家庭裁判所に申し出ることで相続放棄を取り下げることができます。
それ以外の場合、家庭裁判所が相続放棄の申述を受理したあとの撤回は民法第919条1項の規定によりできません。
ただし、受理された後でも、強迫や未成年者の単独行為による相続放棄のような「取消しをすること」ができる場合に当たれば、同条第4項に基づいて取消しできます。ただし、取り消しの申述には時効の定めがあり、注意が必要です。
また、民法第95条に定める錯誤(勘違い)による無効主張も可能です。しかし、それが家庭裁判所に認められる可能性は限定的とお考え下さい。
相続放棄の手続きを弁護士に依頼することは、さまざまなメリットがあります。その一例をご紹介しましょう。
被相続人の借金返済について、相続債権者から相続人に督促の電話などが入ることが考えられます。被相続人の債務の状況がわからず、さらに相続放棄手続きが終わっていない状態では、不安に感じてしまうことがあるかと思います。
弁護士に相続放棄手続きの代理人を委任しておけば、あなたは相続債権者からの取り立てに対して「弁護士に確認してほしい」というだけです。そして弁護士は、あなたに代わって適切な対応を取りますので、相続債権者からの督促におびえる心配はなくなるのです。
相続放棄にかぎらず、一連の相続手続きは多岐にわたり、複雑です。
財産調査や戸籍謄本の収集など相続手続きの多くは、金融機関や役所などが開いている平日の昼間に行わなくてはなりません。したがって、その時間帯は働いている方にとって少なからず負担になるでしょう。あなたに代わって、弁護士はこのような一連の手続きを代行することが可能です。
また、弁護士は相続放棄の申述書など書類作成を代行することも可能です。これにより書類など手続きの不備に関する心配も軽減できます。
相続放棄は借金などを相続してしまうことを防ぐうえで有効ですが、手続き漏れや後々の後悔を防ぐうえでは、法的知見や被相続人の資産・負債状況に関する綿密な調査が欠かせません。
そのような手間をできるかぎり省いたり、あるいは無用なトラブルを防止するために、弁護士のような専門家と相談しながら慎重に手続きを進めることをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所では、相続放棄にかぎらず相続全般に関するご相談を受け付けております。ぜひお気軽にお問い合わせください。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
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本コラムでは、相続したくないものがある場合にどうしたらよいのか、相続放棄や財産放棄(遺産放棄)をする方法や注意点などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
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何らかの理由で、生前に相続放棄をしておきたい、または相続人に相続放棄を求めたい、と考える方もいるでしょう。
たとえば、後の相続トラブルに巻き込まれないように事前に相続放棄をしておきたい、と思ったり、高齢になって再婚するときに、自分の子どもに財産を残せるよう再婚相手に相続放棄をしてほしいと思ったりすることもあるかもしれません。
しかし、被相続人(亡くなった方)の生前に相続放棄をすることは認められていません。この場合、被相続人に遺言書を作成してもらうだけでなく、遺留分の放棄も行うことによって対応する必要があります。
この記事では相続放棄と遺留分放棄との違い、そして勘違いされやすい相続分放棄との違いについて、注意点を交えながらベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。