遺産相続コラム
父親が亡くなり、遺産相続が始まった際は、遺産(相続財産)の分割について相続人間で話し合う必要があります。
しかし、母親が高齢で認知症にかかっているケースでは、そのまま遺産分割協議を進めることはできません。協議を進行するためには成年後見制度の利用を申し立てなければなりませんが、後見人等による横領のリスクには十分注意が必要です。
本コラムでは、父親が死亡し、母親が認知症にかかっている場合における相続手続きの注意点について、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
認知症の相続人がいる場合は、相続手続きの進め方について注意が必要です。認知症の進行の程度によっては、成年後見制度を利用すべき場合があります。
家族が亡くなって遺産分割を行う際には、相続人全員の同意が必要です。
たとえば父親が亡くなったケースにおいて、母親が存命中であれば、母親は相続人になります。仮に母親が高齢で認知症にかかっていたとしても、母親を無視して勝手に遺産分割を進めることはできません。
認知症の母親も、遺産分割に参加していただく必要があります。
認知症の相続人がいる場合の相続手続きの進め方は、意思能力の有無によって異なります。意思能力とは、法律行為の結果を判断することができる能力のことです。
ある相続人が認知症であっても意思能力があれば、その相続人は遺産分割協議に参加できます。
これに対して、認知症によって意思能力がなくなってしまっている場合には、遺産分割協議書を有効に締結することができません(民法第3条の2)。この場合は、成年後見制度を利用してサポート役(成年後見人といいます)を選任し、その者に本人の代わりに遺産分割に関する意思決定を行っていただく必要があります。
成年後見制度とは、判断能力の低下した本人の財産・権利を保護するため、法律行為に関するサポート役を選任する制度です。
成年後見制度は、「法定後見」と「任意後見」の2つに大別されます。
相続人がすでに認知症によって意思能力を欠いている場合は、法定後見の一つである「成年後見」の開始を家庭裁判所に申し立てることになります。
成年後見人(保佐人・補助人・任意後見人も同様)になれるのは、以下の欠格事由に該当しない人です(民法847条、876条の2第2項、876条の7第2項)。
成年後見人に就任する人は、家庭裁判所が審判によって選任します。成年後見の開始を申し立てる際、成年後見人になる人を推薦することができますが、そのとおりに選任されるとは限りません。
実際には本人の親族のほか、弁護士などの専門家が成年後見人に選任されるケースが多くなっています。
認知症の相続人のために成年後見の利用が必要となった場合、本人の住所地の家庭裁判所に対して後見開始の申し立てを行います。
後見開始の申し立てができるのは、本人のほか、配偶者や四親等内の親族などです。他の相続人の誰かが申し立てを行うのがよいでしょう。
後見開始の申し立ての主な必要書類は、以下のとおりです。
家庭裁判所は、後見開始の要否や成年後見人の適性を判断するため、本人に対する事情聴取、後見人候補者からの意見聴取、鑑定などを行います。その結果、本人が判断能力を欠く状況にあると家庭裁判所が判断した場合は、後見開始の審判を行います。
成年後見人は、本人に代わって法律行為をする包括的な代理権を有します。
当然ながら成年後見人の代理権は、本人の利益のために行使しなければなりません。しかし、成年後見人が、本人の代理権があることを悪用して、本人の財産を横領してしまう事例も報告されています。
本人の財産と権利を保護する観点からは、成年後見人による横領を防ぐための予防策を講じておくことが望ましいでしょう。
裁判所の公表資料によると、平成23年から令和4年までの間、後見人等による不正事例について、家庭裁判所から以下の件数の報告がなされています。
不正事例の総数 | うち専門職によるもの | |
---|---|---|
平成23年 | 311 | 6 |
平成24年 | 624 | 18 |
平成25年 | 662 | 14 |
平成26年 | 831 | 22 |
平成27年 | 521 | 37 |
平成28年 | 502 | 30 |
平成29年 | 294 | 11 |
平成30年 | 250 | 18 |
平成31年/令和元年 | 201 | 32 |
令和2年 | 185 | 30 |
令和3年 | 169 | 9 |
令和4年 | 191 | 20 |
令和5年 | 184 | 29 |
(出典:「後見人等による不正事例」(裁判所))
上記のデータからは、専門職(弁護士など)以外の後見人等による不正事例が多数発生していることがうかがわれます。
専門職による不正事例も一部報告されていますが、信頼できる専門職に後見人等への就任を依頼すれば、横領等のリスクを低く抑えることができるでしょう。
成年後見人(保佐人・補助人・任意後見人も同様)が本人の財産を横領した場合は、業務上横領罪(刑法第253条)によって処罰される可能性があります。
業務上横領罪の法定刑は「10年以下の懲役」です。窃盗・詐欺・恐喝などと並び、重い法定刑が設定されています。
ここで気にかかるのは、親族間での横領でしょう。
業務上横領罪については、窃盗などと同様に「親族間の犯罪に関する特例」が準用されて刑が免除、または親告罪となるのが原則です(刑法第255条、第244条)。
ただし、本人の親族による横領であっても、成年後見人としての立場で横領を行った場合には、親族間の犯罪に関する特例が適用されないと解されています(最高裁平成24年10月9日決定)。
成年後見人が本人の財産を横領する事態を防ぐためには、以下の予防策を講じておくことが考えられます。
認知症の相続人がいる場合も、そうでない場合も、遺産相続についてはさまざまなトラブルが発生する可能性があります。認知症の相続人の成年後見人に、別の相続人が選任された場合などは、特別代理人を選任しなければ、遺産分割協議をすることができないといった問題も生じえます。
相続トラブルを防ぐには、生前の段階から遺言書・家族信託などによって対策を行うことが効果的です。また、実際に相続トラブルが発生した場合には、深刻化を防ぐために適切な対応が求められます。
弁護士は、生前の相続対策や相続手続きなどに関して、ご家庭のご状況やご希望に合わせてアドバイスいたします。効果的なトラブルの予防や、スムーズなトラブルの解決を親身になってサポートいたしますので、ぜひお早めに弁護士までご相談ください。
父親が死亡して発生した相続において、母親が重度の認知症にかかっている場合は、家庭裁判所による後見開始の審判を待って遺産分割を行いましょう。
認知症の相続人がいる場合の相続手続きについては、誰を成年後見人に選任するのか等といった注意すべきポイントがたくさんあります。円滑に相続手続きを進めるためには、弁護士へのご相談がおすすめです。
ベリーベスト法律事務所は、遺産相続に関するご相談を随時受け付けております。グループ内の税理士や司法書士と連携を行い、相続税申告や相続登記についてもワンストップでご対応可能です。
遺産相続に関する総合的なサポートは、遺産相続専門チームを組成するベリーベスト法律事務所にお任せください。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
被相続人(亡くなった方)が相続人の一部を優遇しており、生前贈与などをしていた場合、その相続人は「特別受益」が認められる可能性があります。
他の相続人に特別受益が認められた場合、ご自身の相続分が増える可能性があるため、生前贈与があったのかどうかなど、背景事情をきちんと調査することが大切です。
調べないままに遺産分割を進めてしまっても、後のトラブルを招くことになってしまうため、ご注意ください。
本コラムでは、生前贈与が特別受益に該当するための要件や、相続分の計算方法などについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
父親が亡くなると「母の面倒は僕が全部みるから」などと言い出して、実家の不動産や現金・預金など、すべての遺産を長男が独り占めにしようとするケースがあります。
あるいは、面倒を見ていなかったのに「長男だから」という理由で、不公平な分配を主張してくるケースもあるでしょう。
このようなとき、「特定の相続人が遺産を独占する主張は、法的に通用するのだろうか」「親の遺産相続で財産を独り占めされたくない」などと考える方は少なくないはずです。
本コラムでは、親の遺産相続で長男が財産をすべて独り占めしようとするとき、将来的に想定されるリスクや注意点、相続トラブルの対処方法などについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
交通事故や自然災害などにより家族を同時に複数名失ってしまった場合、亡くなった方(被相続人)の遺産はどのように相続すればよいのでしょうか。
交通事故などで誰が先に亡くなったのかがわからない場合には、「同時死亡の推定」が働き、同時に死亡したものと推定されます。同時死亡と推定されるか否かによって、遺産相続や相続税に大きな違いが生じますので、しっかりと理解しておくことが大切です。
今回は、同時死亡の推定の考え方や具体的なケースについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。