遺産相続コラム
国税庁によると、平成30年に亡くなられた被相続人のうち、相続税の申告をした被相続人の数は14万9481人でした。このうち、相続税の課税対象になった被相続人は11万6341人、ひとりあたりの課税価格は約1億6200万円です。また、平均余命は伸びているものの、認知症の発症人数も増加しており、平成26年度に発表された「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」によれば令和2年には65歳以上の高齢者の認知症有病率は16.7%になると推定されています。
被相続人が認知症を発症した場合、相続人が認知症を発症した場合、どちらのケースも後見人制度を利用するなどのサポートが必要です。
しかし、成年後見人制度は、親族以外の第三者が成年後見人に選任される可能性があり報酬の支払いが発生したり、家族らの思いどおりに資産の管理ができない可能性があるというデメリットもあります。そこで注目されているのが、「家族信託」です。家族信託は、認知症の備えだけでなく、介護費用の確保や、資産運用なども可能となります。
そこで本記事では、家族信託の仕組みやメリット、従来の制度の違いについて、ベリーベスト法律事務所の弁護士がわかりやすく解説します。
まずは家族信託の基本的な仕組みと特徴を解説します。
家族信託は、財産を託された家族が柔軟に財産の管理を行うことができるかたちをとることによって、家族の生活や資産を守るための財産管理制度です(正式には「民事信託」といいます。一般的に、家族間で信託を利用するケースが多いため家族信託という名称が用いられています)。家族信託では、財産を保有している人(親など)が、信頼できる家族(子どもなど)に財産を委託し、名義を変更します。
このように、財産を保有している人(委託者)が、信頼できる人(受託者)に財産の管理を委託し、財産の名義を移転することを「信託譲渡」といいますが、家族信託の場合、信託譲渡の当事者が家族であることが特徴です。
「信託」というと、投資信託や年金信託、遺言信託といったサービスを、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。これらの信託サービスは「商事信託」といい、信託銀行など(受託者)が財産を預かり管理する代わりに手数料を受け取る、営利目的のサービスです。
一方、家族信託は「民事信託」と呼ばれ、信託報酬を設定することもできますが、一般的に家族に依頼することが多いため、信託報酬を無報酬とすることが多く、その場合受託者が利益を受け取ることがない非営利の信託として利用されています。
なお、信託については、「信託法」という法律で規定されていますが、家族信託や民事信託といった名称は法律で定義されているものではありません。
家族信託は従来の財産管理や相続に関する制度とは大きく異なる特徴を持ちます。では従来の制度ではどのような財産管理が可能となるのでしょうか。代表的な財産管理制度の特徴を解説します。
成年後見制度とは、認知症や精神障害、知的障害などにより判断能力が不十分になってしまった方を保護し、サポートする制度です。本人(被後見人)による預貯金や不動産の管理、日常生活での契約や遺産分割協議などの法律行為を制限した上で、家庭裁判所に選任された成年後見人がサポートします。
たとえば、認知症のある被後見人が、後見人のいないところで高額な太陽光発電設備の契約を行ったとしても、後見人がその契約を取り消すことが可能です(民法9条)。
このように、成年後見制度は、認知症や精神障害、知的障害などの理由により判断能力が不十分となってしまった本人の財産を守るためには有効な手段といえます。しかし、成年後見人として選任を受けるためには、被後見人が家庭裁判所による後見開始の審判を受けなければならず(民法7条)、また、成年後見人となるためには、家庭裁判所に、家族が成年後見人を勤めることが適切であると判断されなければなりません。つまり、必ずしも家族が成年後見人になるわけではないのです。実際、平成31年1月~令和元年12月の統計では、申し立てのうち親族が成年後見人に選定されたのは21.8%にとどまり、78.2%は親族以外の成年後見人(弁護士・司法書士などの法律・福祉の専門家)が選任されました。
また、仮に家族が成年後見人に選任されたとしても、成年後見人は、本人の財産の状況を明らかにし、本人の預貯金、有価証券、不動産、保険などの内容を一覧表にした「財産目録」を作成し、家庭裁判所に提出する義務があります。他にも、本人の生活のための費用を計画的に支出するため、本人の収入、医療費、税金等を把握し収支の予定を記載した「本人予算収支表」を作成したり、最低でも年に1回、そして家庭裁判所又は監督人から求めがあった場合は、成年後見人等は、財産目録、本人予算収支表に通帳コピー等の財産資料を添付して、家庭裁判所又は監督人に財産管理状況を報告する義務を負っています。
被後見人の財産を守る上で重要なルールであることは間違いありませんが、これでは後見人となった家族の負担が大きいことが問題となります。
さらに、成年後見人の役割は、被後見人の資産を保護することにあるため、財産を増やすためにリスクを取って運用することができない点も成年後見を用いる上での問題点の一つです。
遺言とは、被相続人が財産の相続方法や割合について、自らの意思を表示することをいいます。
法律的に有効な遺言書が作成されている場合は、相続人は遺言書に記載されている通りに遺産を分割しなければなりません。遺言書通りに遺産分割を実行するために、遺言執行者を定めておくことで、よりスムーズに遺産の分割が進みます。
このように、遺言は、被相続人の財産を自らの意思に従って分割するためには有効な手続きですが、以下のように、遺言だけでは行き届かない面もあり、注意が必要です。
生前贈与とは、死亡する前に相続人や、遺贈したい相手に財産を贈与することです。生前贈与は、毎年贈与税が課税されない範囲で行うことで相続税対策になることや、贈与する相手を選べること等のメリットがあります。
しかし、生前贈与には、土地や不動産の贈与については節税対策が見込めないことや、死亡前の3年間に贈与されたものは相続財産とみなされるという問題点があります。
家族信託にはどのようなメリットがあるのでしょうか。家族信託を検討したい利用シーンとともに、そのメリットを確認していきます。
家族信託においては、受託者は契約に従って委託者の意思通りに財産を管理します。
たとえば、委託者は父親、受託者は長男とし、「収益不動産を売却せずにその賃料を母親に給付するように」と指定したとしましょう。
この場合、長男が収益不動産を売却したいと思っても、父親が存命中はもちろん、死亡した後も売却することはできず、母親(受益者)は安定した給付を受けることが可能です。なお、母親が死亡した時点で信託は終了するため、長男は不動産を相続し売却することができます。
家族信託では、株式や不動産、駐車場等の資産を保有している方が資産の運用・管理を行えなくなったときに備えて、他の家族に財産の運用・管理を委託することができます。
たとえば収益用物件を保有している場合、物件の定期的な修繕やリフォーム等のメンテナンスが必須です。空室が増えないように適宜対策を講じる必要がありますが、保有者が認知症を発症していると、それらの対策を保有者がとることは難しくなります。
しかし、家族信託で家族が資産の管理を任されていれば、受託者である家族が適切に運用することが可能です。財産を保有しているご家族が高齢である場合には、上述の統計データを元に考えれば認知症を発症するリスクが存在することは否定できないため、認知症を発症した場合に備えて早期に家族信託契約を結んでおくことで家族の財産を保護することができます。
通常の相続であれば、自身が死亡した場合の相続人は指定できますが、さらにその相続人が死亡した場合の相続人を指定することはできません。しかし、家族信託では、二次相続先を指定することも可能です。
たとえば、父親と長女夫妻(子どもはいない)が同居する自宅とその土地について、父親は最終的に、長男の息子(孫)に相続してもらいたいとしましょう。このとき、父親は長男の息子(孫)と信託契約を結び、以下のように指定します。
この契約であれば、長女・長女の夫の両方が亡くなると、信託契約が解除され、長男の息子(孫)に自宅とその土地が相続されます。このように、二次相続を実現する手段の一つとしても用いることができるのです。
認知症と診断されると通常、本人の口座は凍結されます。たとえば、とある夫婦のうち、夫が認知症を発症したとしましょう。
すると、夫名義の預金口座はお金を引き出すことができないため、成年後見人を選任しない限り、妻は自分名義の預金口座でお金を工面する必要があります。また、そもそも妻名義の預金口座がない、お金が足りないなどの場合は、周りの家族が一旦、諸々の費用を負担しなくてはなりません。
一方、家族信託として預金を信託した場合、受託者は家族信託専用の口座で預金を管理することになります。この預金口座は委託者の認知症発症後も凍結されないため、受託者が継続してお金を運用することが可能となります。
家族信託は、利益を受け取る受益者に対して税金が課されることがあります。それぞれの税金について、基本的な考え方を見ていきましょう。
なお、家族信託に関する税金の計算方法は複雑ですので、詳しく知りたい方は税理士等の専門家への相談をおすすめします。
相続税は、財産を相続したときに課される税金です。たとえば、すでに父親が亡くなっていて、母と子どものみの家族を考えてみましょう。
母親が委託者・受益者、子どもが受託者となっていて、母親が死亡して信託契約が終了し、受益権が相続人の子どもに移転したとします。すると、受益権は相続財産となるため、子どもに相続税が課税されます。
贈与税は、財産の贈与を受けたときに課される税金です。委託者が受益者と同一ではない場合、受益者に対して贈与税が課せられます。
たとえば、母親が委託者、長男が受託者、長女が受益者という場合、以下のように考えます。
以上のとおりこの場合は、長女に贈与税の支払義務が発生することになります。
信託財産から生じた利益(信託財産から収益が生じそれ受領した場合)には所得税が課税されます。所得税は、利益を受けたものが払わなければならないため、所得税は受益者が支払わなければなりません。
資産に不動産が含まれている場合、委託者から受託者に名義を変更する必要があるため、名義変更の際に登録免許税という税金が発生します。
また、不動産の所有者となる受託者には毎年、固定資産税が課されます。
ただし、受託者は受益者のために資産運用しているといえるため、信託契約を結ぶ際に固定資産税は受益者が負担するよう定めることが通常です。なお、賃貸マンションなどを信託した場合、受益者は、固定資産税を信託財産の管理費用(経費)として確定申告することができます。
家族信託のメリットなどを見たことで、一度検討してみたい、実際に手続きを行いたい、とお考えの方も多いと思います。
家族信託の手続き自体はそれほど複雑ではありませんが、適切な信託契約を結ぶためには法的な専門知識が必要です。
そこで最後に、家族信託の手続きの基本的な流れとともに、弁護士への相談または依頼すべき点についてご紹介します。
家族信託において重要なのは、信託契約の内容です。信託の対象とする財産の選別、委託者、受託者、受益者の人選等を取り決めなければなりません。また財産の運用や管理方法、相続についても決定する必要があります。
悩んでいるうちに、認知症の発症や契約内容に対する家族間での不満噴出などのトラブルが発生するかもしれません。
適切な契約内容がわからない、最適な管理方法を見いだせないという場合、悩まずにまずは弁護士にご相談ください。
家族信託は、公的な手続きを経なくても契約可能です。当事者同士で契約書を取り交わせば家族信託は成立します。しかし後のトラブルを避けるためには、公正証書で作成することをおすすめです。
公正証書は公証役場の公証人という法律の専門家が作成する公文書であり、確実にその内容で契約を取り交わしたことを証明できます。しかし、たたき台は当事者が作成しなければなりません。
法的に有効で、適切な内容の信託契約を公正証書にするために、弁護士や税理士等の専門家に相談することをおすすめします。
前述のとおり、信託財産に不動産が含まれる場合は、当該不動産に信託に関する登記を行います。信託に関する不動産登記は複雑なため、専門家に依頼しましょう。
家族信託は、成年後見制度や遺言では実現できない財産の柔軟な運用管理が可能となります。しかし、適切な信託契約を取り交わし、複雑な税金の計算を行わなくてはなりません。
ベリーベストグループでは、弁護士だけでなくグループ内に所属する税理士も同席し、税金に関するご相談をお受けすることも可能です。遺産相続に関するご相談を広く受け付けておりますので、まずはお気軽にベリーベスト法律事務所へご相談ください。
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