遺産相続コラム
日本国籍をもっていた被相続人が亡くなり、海外在住の相続人が日本で相続手続きを進めていく場合、国内に住む相続人とは異なる対応を要求される例が多々あります。特に国内に住む他の相続人とトラブルが発生してしまった場合や、遺産分割調停などへの対応も困難となりがちです。
本コラムでは、被相続人が日本人であり相続人に海外在住者がいる場合について、相続手続きの進め方や注意すべき点を弁護士が解説していきます。
※ 本コラムでは、被相続人と相続人が日本国籍の方であることを前提にしています。
まず、被相続人が日本人の場合で、相続人が海外に居住しているような場合、どこの国の法律によって相続手続きが進められるのでしょうか。
被相続人が日本人の場合、相続に関する法律は、被相続人(亡くなった方)の本国法が適用され、日本法が適用されるのが原則です(法の適用に関する通則法36条)。よって被相続人が日本国籍であれば日本の民法にもとづいて相続手続きが進められます。
民法によって相続を進める一般的な流れは以下の通りです。
まずは被相続人が遺言書を残していないか調べます。遺言書があれば基本的に遺言内容に従って相続手続きを進める必要があるからです。
見つかった遺言書が自筆証書遺言や秘密証書遺言の場合、家庭裁判所で「検認」を受ける必要があります。
相続人は誰なのかを確認するため、相続人調査をしなければなりません。被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍謄本、除籍謄本、改正原戸籍謄本類を取得し、さらに相続人の戸籍も取得して、相続人となり得る親族がいないか調べていきます。
相続財産調査を行います。現金、預貯金、自動車、不動産、株式、保険、積立金、出資金、ゴルフ会員権などプラスの資産だけではなく、借金や未払い税、滞納家賃などマイナスの財産まで調べます。
遺言書がない場合、相続人が確定し、相続財産の確認が完了すれば、法定相続人が全員参加して遺産分割協議を行います。遺産分割協議は、相続人間での話し合いによって行います。
遺産分割協議が成立したら遺産分割協議書を作成し、不動産の名義変更や預貯金の払い戻しなどの相続手続きを進めていきます。
遺産分割協議で相続人間の意見が対立するなど、話し合いがまとまらないような場合には、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てて解決を目指すのがよいでしょう。遺産分割調停は、裁判官や調停委員を間に挟むことにはなりますが、やはり相続人間での話し合いによる解決を目指す手続です。それでも話し合いがまとまらなければ調停は不成立となり、審判に移行します。審判では、具体的な事情を踏まえたうえで、審判官が遺産分割について一定の結論を出すことになります。
相続税が発生する場合、相続税の申告は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。
海外居住で相続財産に関心がなく相続トラブルにかかわりたくない場合などには「相続放棄」も検討することができます。相続放棄をすれば相続人ではなかったことになるので、遺産分割協議に参加する必要はありませんし、借金などのマイナスの財産も相続せずに済みます。相続放棄をする場合、相続が開始したことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所で「相続放棄の申述」の申し立てを行います。
遺言が残されていて、それが特定の人に多くの財産を与える内容になっていた場合でも、他の法定相続人(子どもや配偶者など)には「遺留分」が認められます。
その遺言の内容が各相続人の遺留分を侵害しているような場合、遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求」を行って金銭で侵害額を取り戻せます。ただし遺留分侵害額請求は、遺留分権利者が、相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年以内に行う必要があります。
相続放棄にも遺留分侵害額請求にも期間制限があります。特に海外居住の場合、何かと手続きに時間がかかるので注意が必要です。手続きを行うべき状況であれば、早めの対応が必要です。
参考:遺産相続の流れと手続き
海外在住者が相続手続きを進める際には、国内の相続人とは異なる手続きが必要になります。以下で遺産分割協議の進め方や注意点をみていきましょう。
遺産分割協議には相続人が全員参加する必要がありますが、必ずしも全員が1か所に集まって話し合う必要はありません。通信環境が整っているようであれば、メールやスカイプ、ZOOMなどのオンラインサービスを利用して協議を進めることもできるでしょう。インターネットをあまり利用されない方は、電話や手紙、FAXなどで対応してもかまいません。
問題となるのは遺産分割協議書の作成時です。
遺産分割協議が調ったら、遺産分割協議書を作成しなければなりません。これは、不動産の名義変更や銀行預金の払い戻しなどの際に必要となる重要書類です。遺産分割協議書には、基本的に実印で署名押印し、これを使って手続きをする際には各相続人の印鑑登録証明書を添付する必要があります。また、特に不動産の名義変更などの際には相続人の住民票も必要です。
ところが、海外在住で日本での住民登録を抹消しているような場合には、印鑑登録証明書が準備できませんので、そのままでは遺産分割協議書を作成してもそれを書く手続きで使うことができません。当然、住民票も取得できません。
このような場合には、以下の書類を取得して対応します。
●印鑑登録証明書の代わりに署名証明(書)
実印や印鑑登録証明書の代わりに、署名証明(書)を利用します。これは、海外在住の申請者の署名が真正であることを、領事に証明してもらうものです。
署名証明(書)を取得したいときには、遺産分割協議書を日本の大使館や領事館に持参して、領事の面前で署名して拇印を押します。そして、遺産分割協議書と署名証明(書)に割り印をします(奥書認証)。これによって署名証明の手続きが完了します。
遺産分割協議書に署名証明を得るには、署名押印前の遺産分割協議書を在外公館へ持参する必要があります。
●住民票の代わりに在留証明書
不動産登記の際などに必要となる住民票の代わりに、在留証明書を利用することができます。これは海外在住の日本人の居住地や転居歴について、領事に証明してもらう書類です。
現地の日本大使館や領事館で発行してもらえます。
なお、海外在住の在留証明書の発行を受けるには、「日本国籍を有する」はもちろん、「在留届を提出していること」、「現地に3か月以上滞在して居住していること」という条件が必要です。
参考:国際相続の基礎知識
海外在住の相続人であっても、基本的には日本において相続税の納付義務が発生します。
被相続人が日本に居住していた場合、国内財産だけではなく国外にある財産も日本における相続税の課税対象となるのが原則です。
例外的に、「被相続人と相続人の両方が10年以上海外に居住していた場合」のみ、課税対象が国内財産だけになり、国外にある財産は課税対象外となります。
また、留学や海外出張などで一時的に海外在住となっていた場合については「日本国内に住所がある」とみなされ、その期間を海外在住期間に含めることはできません。
以上のようなことから、多くのケースでは「すべての遺産について日本で相続税が課税される」と考えおいたほうがよいでしょう。
日本で相続税が発生するのは、「相続税の基礎控除」を上回る財産があったケースです。相続税の基礎控除は「3000万円+法定相続人数×600万円」です。例えば、法定相続人が3人という場合は、3000万円+1800万円=4200万円が基礎控除額になります。相続が発生したら、遺産評価額が基礎控除の範囲内におさまるかどうかを計算してみてください。
なお、国外にある財産を相続して、外国で相続税や遺産税を支払った場合、その額は日本の相続税申告の際に控除される可能性もありますので、税理士に相談ください。
海外在住の相続人が遺産相続手続きを進めるときには、国内の相続人のケース以上に弁護士の力を借りる必要性が高まります。
海外在住者が弁護士に相続手続きを依頼するメリットを4つご紹介します。
海外在住の場合、日本国内の遺産の状況を詳しく把握するのは困難になりがちです。
弁護士に依頼すれば、弁護士は職務上請求や弁護士照会という制度を用いて、公的機関や金融機関等に対する照会や開示請求を行うことができるため、個人で調査するよりも時間の短縮を見込むことができ、また、正確に遺産状況を把握することができます。
また、弁護士は相続放棄の「熟慮期間(相続放棄できる3か月の期間)」を伸長するための申し立てなどにも対応できるので、相続人調査に時間がかかってしまって3か月以内に相続を放棄するかどうかの対応を決められない場合にも安心です。
海外在住者が相続手続きを進めようとすると、非常に時間がかかります。海外在住者の相続人がいるケースでは、意思疎通がうまくいかずに、数年程度かかってしまうこともあり得ます。
弁護士に相続手続きを任せれば、ご自身で対応するよりも迅速に手続きを進めることができます。また、手続きの進行中にご自身で対応しなければならないことも少なくなるため、その分の負担を軽減できます。
海外在住の方が国内の他の相続人と疎遠であるような場合、遺産分割協議の交渉が思ったように進まないと、それが大変なストレスになるものです。当事者だけで話し合って、結局もめてしまうケースも少なくありません。
このような場合、遺産分割協議を弁護士に依頼するメリットは大きいといえます。弁護士が代理で交渉すれば、ビジネスライクに遺産分けの方法を決められますし、法律的な考え方に従って遺産分割を進められるため、遺産分割協議に参加する相続人の納得度も増すといえるでしょう。
海外在住の相続人と国内の相続人がトラブルになってしまったら、遺産分割協議はまとまりません。その場合、基本的に家庭裁判所で「遺産分割調停」を行う必要があります。
調停は月1回程度、日本の家庭裁判所で開催されますが、海外居住の場合、毎回の調停期日に出席するのは大変です。実際のところ、毎回の期日の出席が不可能なケースも多いでしょう。
弁護士に任せていれば、依頼者本人は基本的に家庭裁判所に行く必要がありません。もちろん弁護士との調整は適宜行う必要がりますが、万一遺産分割協議が決裂して調停や審判になっても、ご自身は海外に在住のまま対応することもできるので、安心感があります。
海外居住者が遺産相続を進めるには、署名証明(書)や在留証明書の取得など、必要書類関係だけでも手続きが複雑ですし、国内の相続人との遺産分割協議もスムーズに進みにくいという心配があります。
相続手続きを長びかせず、トラブルを避けて解決するには、早期に弁護士に相談することをおすすめします。
ベリーベスト法律事務所には相続対策や渉外法務に詳しい弁護士、相続案件の取り扱い経験豊富な税理士が在籍しており、海外の相続案件でも強い味方となります。
海外在住で遺産相続にお悩みや不安を抱えていらっしゃるなら、ぜひお気軽にご相談ください。
※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
配偶者である妻には、亡き夫の遺産を相続する権利(=相続権)が民法で認められています。一方で、義両親にも死亡した夫の相続権が認められるケースがある点にご留意ください。
このようなケースは、妻と義両親の間で遺産分割に関する利害調整が求められることもあり、慎重な対応が必要です。
仮に「義両親に一切の遺産を渡したくない」と思っていても、義両親に相続権がある以上は、義両親の要求をすべて拒否することは難しいといえます。
本コラムでは、夫死亡後の遺産相続における義両親の相続権や相続分、姻族関係終了届が相続に影響するのか否かなどのポイントについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
両親が亡くなった後に、実家の土地や建物をどう相続するかは、多くの方にとって悩ましい問題です。
たとえば、思い入れのある実家を残したいと思っても、誰か住むのかで揉めてしまうケースや、相続後の管理に多大な労力を要するケースが少なくありません。
実家の土地や建物が相続財産にある場合は、各選択肢のメリット・デメリットを踏まえて、家族にとってどのような形が望ましいかをよく検討しましょう。
本コラムでは、実家の土地や建物を相続する際の基礎知識や手続きの流れ、注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
相続人が死亡するなど、一定の理由により相続権を失った場合は、その子どもが亡くなった相続人に代わって遺産を相続するケースがあります。
これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)と呼び、代襲相続により相続することになった方を代襲相続人といいます。また、代襲相続とは、民法で詳細に規定されている遺産相続の制度です。代襲相続は相続割合や法定相続分の計算が変わることもあり、相続争いに発展するケースもあるため、注意しましょう。
本コラムでは、具体的に代襲相続とはどういった制度なのか、代襲相続人となれる範囲や要件、相続割合などについて、代襲相続による注意点を含めて、べリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
代襲相続は複雑なために理解が難しい点もありますが、基本的なポイントをおさえることから理解を深めていきましょう。