遺産相続コラム
令和2年4月から「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」という制度が新たに施行されました。この2つの制度は被相続人(亡くなった方)の配偶者に経済的な恩恵があるだけでなく、今後の相続税対策にも影響が出るものと考えられます。
そこで本コラムでは、配偶者居住権と配偶者短期居住権の概要について、ベリーベスト法律事務所の遺産相続専門チームの弁護士がわかりやすく解説します。
配偶者居住権とは、配偶者に、被相続人が死亡して相続が発生したときに被相続人の財産に属していた建物に居住していた場合、取得して居住建物に排他的な無償使用権限を認める権利です。
この制度は平成30年7月に制定された「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」を基準に、令和2年4月1日に施行された相続税法改正および改正民法第1028条から第1041条で規定されています。
配偶者居住権の目的は、主に以下の2点です。
遺産全体における不動産評価額の割合は、相対的に高くなることが一般的です。このため、現行の民法のもとでは、遺産の多くを占める自宅建物を取得したことで、銀行預金など他の遺産を取得できなくなった結果、相続税の支払いすら窮してしまうことがありました。さらに、相続税を支払うために、住み慣れた自宅を売却せざるを得ないケースすらあったのです。
生活の本拠である自宅を失ってしまうことで、被相続人の配偶者の生活維持が難しくなってしまうという不都合を何とか回避できないかという声が以前からあがっていたのです。
特に被相続人の配偶者は高齢者であることが多く、住居と生活資金の確保に一層の配慮が必要でした。このような声を受けて、今回の民法改正による配偶者居住権の創設に至ったのです。これにより、配偶者に対して居住建物の使用収益権限のみを認め、処分権限のない権利を創設することによって、遺産分割の際に、配偶者が居住建物の所有権を取得する場合よりも低い金額で、居住圏を確保することができすようにすることが実現できるようになったのです。
たとえば、被相続人の遺産が自宅(1億2000万円)と金融資産(8000万円)の合計2億円存在しており、配偶者と子ども二人で分けるケースを考えてみましょう。
遺産分割協議の結果、配偶者が2分の1、二人の子どもがそれぞれ4分の1ずつ民法で定められた法定相続割合で相続することに決まったとします。もしこの割合で遺産分割した場合、配偶者が自宅を取得すると金融資産は相続できないばかりか、子どもたちに1000万円ずつを代償分割として支払わなければなりません。配偶者が多額の預金を持っているような場合でなければ生活に困ることになります。一方、金融資産を全額取得した場合は、自宅すべてを相続できなくなってしまい自宅に住み続けることができなくなる可能性があります。
このような場合に、自宅建物について6000万円相当の配偶者居住権が認められたとします。同じく法定相続割合で分割した場合、配偶者が取得する遺産は配偶者居住権6000万円と金融資産4000万円、子どもがそれぞれ取得する遺産は配偶者居住権による自宅建物の負担付所有権(居住する権利のない所有権)3000万円と金融資産2000万円ずつとなります。
配偶者は引き続き被相続人が遺した自宅に住み続ける権利である配偶者居住権と、金融資産を取得することができるのですから、今までのような不都合は解消されることになります。
配偶者居住権の評価方法は、現在まだ検討段階ではありますが、法制審議会民法(相続関係)部会が示している「簡易な評価方法」で算出することになります。具体的には、配偶者居住権の価格は、建物敷地の現在価値から配偶者居住権付所有権(負担付建物所有権と負担付土地所有権の合計額)の価値を差し引いたものとなります。
つまり、負担付所有権の分だけ配偶者が配偶者居住権として事実上取得する自宅建物の相続税評価額を圧縮しているため、その分相続税を節税できる可能性があります。特に、相続税評価額が1億6000万円の配偶者控除枠の範囲を超える場合は節税効果が期待できます。
また、配偶者居住権は配偶者一代かぎりのものですので、子どもが配偶者居住権を相続することはありません。つまり、配偶者居住権には相続税も発生しません。
別の見方をすると、被相続人の相続発生時に自宅建物を負担付所有権として相続していた子どもは、配偶者の相続発生時負担付所有権が完全所有権となり、相続税を追加で負担することはなくなるのです。つまり、配偶者居住権の分だけ相続税評価額が圧縮されるため、子どもへの相続税対策の一環として活用することも可能と考えられるのです。
被相続人は、遺言によって、配偶者に配偶者居住権を取得させることができます。この点、「遺贈」によることが必要であるとされているのは、配偶者が配偶者居住権の取得を希望しない場合には、配偶者居住権のみを拒絶することができるようにしたためであると考えられています。ですので、配偶者居住権を取得させたいと希望する場合の遺言を作成する際には、いわゆる「相続させる」旨の遺言を記載しないほうが望ましいです。
また、当該建物について、配偶者に対して配偶者居住権を取得させる旨の遺産分割協議を行うことにより、取得させることができます。この遺産分割には、協議や調停だけではなく審判によるものも含まれます。
被相続人の配偶者が、当該自宅建物に配偶者居住権設定の登記をする必要があります(同第1031条第1項)。原則として配偶者所有権の設定登記は、配偶者と居住建物の所有者とが共同して行う必要があります(不動産登記法60条)。
配偶者居住権の登記を設定することにより、第三者に対して「私はこの家に住む権利がある」と対抗することができるようになります。
なお、改正民法第1032条第2項の規定により、被相続人の配偶者は取得した配偶者居住権を第三者に譲渡することができません。
配偶者居住権によく似た制度として、配偶者短期居住権も創設されました。
配偶者短期居住権とは、「共同相続人のひとりが被相続人の合意のもと被相続人の遺産である建物に無償で居住していた場合は、相続開始後も遺産分割が行われるまで被相続人の合意のもと当該建物に無償で居住できると被相続人の合意があったと推認される」との判例に基づき創設されたものと考えられています。つまり、遺産分割が行われるまで被相続人と同居していた配偶者は被相続人所有の自宅建物に引き続き住む権利があることを認めるのが、配偶者短期居住権なのです。
改正民法第1037条第1項によりますと、被相続人の配偶者に配偶者短期居住権が認められるのは、以下のいずれかのうち遅い日までとなります。
つまり、原則として存続期間を配偶者の終身とする配偶者居住権に対して、短期間に限定して認めるのが配偶者短期居住権なのです。
なお、譲渡は認められない(改正民法第1041条および第1032条第2項)点と、被相続人の配偶者が死亡した場合は権利が消滅する(同第1041条および第597条第3項)点については、配偶者居住権と同様です。
一方で、配偶者居住権が原則として建物すべてに認められることに対して、配偶者短期居住権は被相続人の配偶者が居住している建物の部分しか認められない点には注意が必要です。
改正民法第1032条第1項の規定により、配偶者居住権を取得した被相続人の配偶者には「善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用・収益をしなければならない」という、いわゆる善管注意義務が課されます。また、同条第3項の規定により、配偶者居住権を取得した被相続人の配偶者は当該建物の所有者(負担付所有権者)の承諾がないかぎり、当該建物に増改築や第三者への賃貸をすることができません。
このように、配偶者居住権は被相続人の配偶者による当該居住建物の完全所有権ではないため、当該居住建物に対する被相続人の配偶者の行動には制限が設けられているのです。
また、同法第1034条の規定により、被相続人の配偶者が当該居住建物について必要以上の費用を支出したとき、各相続人つまり負担付所有権の所有権者はその相続分に応じて被相続人の配偶者の負担分を負担しなければならないとされています。この規定により、負担付所有権者の負担責任が複雑になることが懸念されます。
これまでご説明したように、配偶者居住権の活用が配偶者にとってメリットになるかデメリットになるのかについては、相続人や相続財産の内容によって異なります。したがって、相続が発生し自宅建物の相続問題が発生する前に相続人や相続財産の内容を十分に検討したうえで、夫婦のどちらかが亡くなった後、残された配偶者の住居をどうするかを決めておくことをおすすめします。
遺言で配偶者居住権を定めることなどをお考えの際は、ベリーベスト法律事務所までご相談ください。あなたやご家族に最良となるように、ベストなご提案をいたします。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
配偶者である妻には、亡き夫の遺産を相続する権利(=相続権)が民法で認められています。一方で、義両親にも死亡した夫の相続権が認められるケースがある点にご留意ください。
このようなケースは、妻と義両親の間で遺産分割に関する利害調整が求められることもあり、慎重な対応が必要です。
仮に「義両親に一切の遺産を渡したくない」と思っていても、義両親に相続権がある以上は、義両親の要求をすべて拒否することは難しいといえます。
本コラムでは、夫死亡後の遺産相続における義両親の相続権や相続分、姻族関係終了届が相続に影響するのか否かなどのポイントについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
両親が亡くなった後に、実家の土地や建物をどう相続するかは、多くの方にとって悩ましい問題です。
たとえば、思い入れのある実家を残したいと思っても、誰か住むのかで揉めてしまうケースや、相続後の管理に多大な労力を要するケースが少なくありません。
実家の土地や建物が相続財産にある場合は、各選択肢のメリット・デメリットを踏まえて、家族にとってどのような形が望ましいかをよく検討しましょう。
本コラムでは、実家の土地や建物を相続する際の基礎知識や手続きの流れ、注意点などについて、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
相続人が死亡するなど、一定の理由により相続権を失った場合は、その子どもが亡くなった相続人に代わって遺産を相続するケースがあります。
これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)と呼び、代襲相続により相続することになった方を代襲相続人といいます。また、代襲相続とは、民法で詳細に規定されている遺産相続の制度です。代襲相続は相続割合や法定相続分の計算が変わることもあり、相続争いに発展するケースもあるため、注意しましょう。
本コラムでは、具体的に代襲相続とはどういった制度なのか、代襲相続人となれる範囲や要件、相続割合などについて、代襲相続による注意点を含めて、べリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
代襲相続は複雑なために理解が難しい点もありますが、基本的なポイントをおさえることから理解を深めていきましょう。