遺産相続コラム
平成30年7月6日に成立した「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」は、相続法の分野において約40年ぶりとなる大きな改正が為されています。
その中でも注目すべき制度は、一定の条件のもと遺産分割前でも相続人が単独で被相続人(亡くなった人)名義の預貯金を払い戻すことができる「預貯金の仮払い制度」の創設です。
ここでは、本制度が成立した背景とその概要、そして適用を受ける際の注意点について、相続案件全般を取り扱っているベリーベスト法律事務所の弁護士がご説明させていただきます。
人が亡くなると、財産(遺産)について相続の問題が発生します。
相続人が1名だけであれば、相続放棄をしないかぎり、その相続人が全ての相続財産を一括して相続するため、だれがどの遺産を相続するかを決める必要はありません。
一方で、相続人が複数人いる場合は、民法第898条「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する」の規定に従い、遺産分割が終了するまでの間は、相続財産を相続人全員が共有(法的には準共有)することになります。相続財産には当然に預貯金も含まれるため、相続人の一人が勝手に引き出すことは、裁判所の許可を得た場合など複雑な手続きを踏む場合を除き認められませんでした。
もちろん、相続財産について「誰が・何を・どの割合で」取得するかを決め、不動産であれば相続登記、預貯金であれば金融機関への払い出し請求など必要な手続きを経て、各相続人が相続財産を取得すればこのような状態は解消されますが、このような「遺産分割協議」が成立するまでには時間がかかることが多く、紛争化すれば数年も成立しないようなこともありえます。
そのため遺産分割協議が成立するまでの間は、どの相続人も自分のために相続財産を有効に活用することが難しいのはもちろん、突然の台風により相続財産である家の屋根が破損して雨漏りした場合の修理費用など、相続財産を維持するために相続財産の預貯金を利用することすらできないという問題が発生しており、今後確実に相続できるであろう金額だけでも、各相続人が自由に使えるようにしておくことが望まれていたのです。
では、各相続人が預貯金を自由に引き出せることが果たしてよいのでしょうか。相続財産を自由に使えるようにすることは、一人の相続人による不正な使い込みが発生することもあります。また相続財産である家の修理や葬儀のため正当と思われる預貯金の利用であっても、その内容や金額が適切かどうかが問題になるリスクが存在しています。相続紛争を深刻化させないためには、被相続人の預貯金を自由に使えないようにしておくことも望まれているため、どの程度自由に使えるようにするかと言う議論が長年なされてきたのです。
平成28年12月19日の最高裁判所の決定より前は、遺族の生活費、葬儀費用、相続債務の弁済など、どうしても預貯金の払い戻しが必要な場合を重視して、法定相続分の預貯金を単独で引き出せることが可能となっていました。しかし、相続トラブルが多発する状況を踏まえ、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当」とする、平成28年12月19日付けの最高裁判所の決定により預貯金が当然には分割されないとの制度となったのです。
この決定において「特定の共同相続人の急迫の危険を防止するために、相続財産中の特定の預貯金債権を当該共同相続人に仮に取得させる仮処分等を活用することが考えられる」との補足意見が述べられているように、家事事件手続法第200条2項に定める「仮分割の仮処分」により、相続人の家庭裁判所への申立てが認められれば、遺産分割前であっても相続人間の(準)共有財産である預貯金を認められた範囲で使うことができる制度はありました。
しかし、家事事件手続法第200条2項による仮分割の仮処分は、「急迫の危険を防止するため必要があるとき」との制限が加えられており、適用を受けるための条件は厳格ですし、何より裁判所の許可を得るという複雑な手続きを要求されるため、時間と費用がかかりすぎるという問題があり、急な支払のために相続財産を使用したいというニーズに十分にこたえることはできないものでした。
さらに、最高裁判所での決定を受けて、平成29年以降、銀行などの金融機関が口座名義人の死亡した事実を知ると、すべての口座はいったん凍結されるようになりました。これにより、遺産分割の手続きが完了する前の相続人による入出金・振込・記帳・貸金庫・公共料金の引き落とし、さらには投資信託の解約や株式の売却など、すべての取引が原則として不可能となったのです。
そして、多くの金融機関では口座の凍結解除を申請する書類のひとつに、被相続人の遺言書や遺産分割協議書のコピーなどを提出することを求めていたため、周到な遺言書により相続の指定がなされているか、遺産分割協議が成立していることが預貯金を払い戻す要件とされていたのです。
このような相続人単独による預貯金の払い戻しに関する規制については、あまりにも適用が厳しすぎて現実に沿わないとの批判が多く、特に配偶者など一部の相続人の生活が困窮してしまうなど、相続トラブルへの影響が小さい少額の払い戻しは認めるべきだとの指摘が多方面から出ていました。
このような指摘を受け、「遺産分割における公平性を図りつつ、相続人の資金需要に対応」するために、令和元年7月1日より2つの仮払い制度を設けることで、一人の相続人による預貯金の払い戻しに関する規制は緩和されることになったのです。
家事事件手続法第200条3項の改正により、家庭裁判所は預貯金に限定して仮払いの必要性があると認められた場合は他の共同相続人の利益を侵害しない範囲で預貯金の全部または一部の仮払いを認めることができるようになりました。
従来の「預貯金は遺産分割の対象」という基本的なスタンスは維持しつつも、「急迫の危険を防止するため必要があるとき」との制限規定が撤廃されたことで、遺産分割前に預貯金の払い戻しを受ける要件の範囲が拡大したのです。
民法第909条の2が新設されたことにより、他の共同相続人の合意等を得なくても、各金融機関において最大150万円まで、相続人が単独で預貯金の払い戻しを受けることができるようになります。
相続人が単独で払い戻しをすることができる金額=相続開始時の預貯金の額(口座基準)×1/3×当該払戻しを行う相続人の法定相続分(ただし、一つの金融機関から払戻しができるのは150万円まで)
この法的性格は、共同相続人の(準)共有財産である払戻請求権(金融機関から預貯金の払い戻しを受ける権利)について、それぞれの相続人が単独で行使できることを認めたものです。したがって、相続人単独で新たな預貯金債権を作るわけではありませんから、仮払いに関する払戻請求権については譲渡や差し押さえができないと解されています。
したがって、もし預貯金債権の払戻請求権を第三者に譲渡した場合、あるいは第三者から差し押さえを受けた場合であっても、その第三者は金融機関に対して預貯金の仮払い制度に基づく払戻請求権を行使できないと考えられます。
本制度は、相続発生後の資金需要に対する不安をある程度解消できるというメリットがあります。しかし、その利用にはいくつかの注意点があります。
預貯金債権について、家庭裁判所から本制度に基づく仮払いの仮処分を受けるためには、遺産分割の調停または審判を申し立てる必要があります。家庭裁判所からの仮処分により受ける仮払いは時間がかかってしまいますので、緊急を要する資金の手当てにあまり適さない方法といえるでしょう。もっとも、限度額が設定されていませんので、150万円以上の預貯金を引き出したい場合には、この制度を使う必要があります。
法務省による「民法第九百九条の二に規定する法務省令で定める額を定める省令」によりますと、本制度によって家庭裁判所の判断を得ずに相続人が単独で金融機関から仮払いによる払戻しを受けることができる金額は、ひとつの金融機関ごとに「150万円まで」と規定されています。金額の上限を定めていない家庭裁判所による仮分割の仮処分とは、この点が大きく異なります。
法務省によりますと、この150万円という金額は「約1年分の生計費または平均的な葬式費用を賄うことができると考えられる金額」であることを根拠としているようです。
もし、先述した「相続開始時における預貯金の額(各口座ごと)×1/3×当該払い戻しを請求する相続人の法定相続分」で求められた金額が150万円を上回っていたとしても、150万円までしか払い戻しを受けることはできないのです。
先述のとおり、仮払いを受ける権利そのものは差し押さえができないと考えられています。しかし、(準)共有状態にある相続財産の持分が差し押えられた場合は、差し押えの処分禁止効により本制度に基づく仮払いを受けることができなくなると解されます。
相続財産は預貯金のような積極財産(プラスの財産)ばかりではありません。借金のような消極財産(マイナスの財産)がある場合もあります。もし積極財産よりも消極財産が多い場合、借金のみを相続してしまうこともありえます。
このような事態を防ぐため、民法は相続人に「相続放棄」を認めています。この相続放棄により、相続人は預貯金のような積極財産を相続しないことと引き換えに借金などの消極財産を相続しないことができるのです。
ところが、本制度により被相続人の預貯金が仮払いされると、それを受け取った相続人は遺産分割(一部分割)により取得したものとみなされます。これは同時に相続することそのものを「単純承認」したとみなされることになるため、あとから消極財産のほうが多いと判明したとしても相続放棄ができなくなってしまうのです。
したがって、本制度による預貯金の仮払いを受ける前に、被相続人の消極財産の有無や金額などを入念に確認しておく必要があります。
このように、共同相続された預貯金の仮払い制度はメリットだけでなく注意すべき点も多くあります。したがって、その適用を受けるためには相続財産の十分な調査、そして手続きに関する知見が必要です。
この点について不明点が多い、あるいは仕事で時間と手間を割けないというご事情があれば、ぜひベリーベスト法律事務所の弁護士にご相談ください。相続案件全般に経験と知見のある弁護士であれば、本制度にかぎらず相続手続き全般にわたるアドバイスはもちろんのこと、あなたの代理人として他の相続人との交渉や裁判所関連の手続きも可能です。
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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
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本コラムでは、夫が過去に離婚した前妻との間に子どもがいる場合の遺産相続の進め方について、ベリーベスト法律事務所 遺産相続専門チームの弁護士が解説します。
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